第10話 夢の世界の貸し切りシアター

「で、そろそろ眠くなってきてんけど、これからどうすんのん?」

 場所は俺の部屋。日が変わる頃に施術を行いますと言ったサキは、家に帰ってからずっとニンテンドースイッチに夢中になっていた。特にマリオカートに夢中になり、つきあわされた。

 少し俺はムカついていた。

「陳腐な夢を見せてくれたお前がなにをしてくれんねん? だいたいトラウマなんて一晩で簡単に治るんかいな。タロットカードでもめくりながら、たくみに質問でもぶつけてくるんか?」

「んふふ。悪魔は悩み相談なんてしないですよ。抽象的なイメージは信用していません。具体的なできごとや形ある物質しか信用してないです」

 そう言うと、サキはぶわさっと背中の羽を広げた。

「お、やる気になってくれた?」

「とりあえず、ベッドに横になってください」

 これから眠る流れか? パジャマに着替えたり、歯磨きすることも考えたが私服のままベッドに横になった。

「人間の頭の中はこの部屋と同じで限られたスペースしかありません。普段必要としない記憶や邪魔になる記憶は倉庫にしまい込んで南京錠をかけている状態なんです。これからやるのは封印された記憶を解放してやることなんです」

「それは……危険なことじゃないのか?」

「危険ではないけど、細かいディテールまで思い出すので多分苦しみます。覚悟はいいですか?」

「あぁ……今おかれている状態がすでに苦しいからな。手術でもする気でバッサリとやってくれ!」

「ん。雷同さん、言うことが男前です。では、目を閉じてください」

 サキの目を見て俺はうなずいた。そしてゆっくりと目を閉じた。

 これからなにが始まるのだろうか?

 ぼそぼそとサキが小声でなにやらつぶやいている。

 耳を澄ましていると、だんだんと聞き取れるようになってきた。

「……アナタハ、深イ深イ森ノ中ニイマス」

 催眠術かよ。しかもサキはなぜかカタコトだった。

「………目ノ前ニハ暗イ暗イ洞窟ガアリマス。奥ニ見エルノハ小サナ光、アナタハ光ヲ目ザシテ歩ンデイキマス」

 単純な風景だからか、まぶたの裏に思い浮かべるのは容易だ。

「小サナ光ハダンダン大キクナリマス。ソシテ光ハアナタヲツツンデ……」

 ど〜ん!

 サキのマヌケな声と同時に光は真っ白にはじけた。

 そして……。

「どこ、ここ?」

 空にはオレンジに輝く怪しい満月。

 背後には一面に暗い森がそびえている。

 そして目の前にはバイオハザードに出てきそうな蔦のからまった洋館が立っていた。

 おそるおそる扉に近づくと、ガチャリと音がし、俺はバックステップで逃げた。

「大成功ですぅ! 雷同さん? 早く中に入るですぅ!」

 出てきたのはサキだった。

 洋館の中には大きなスクリーンが一つと、二百人は収容できそうな座席の数があった。

「なにこれ? 映画館?」

 サキは俺の手首をつかんで前へ前へと進んでいく。サキに触られているのに力が吸い取られないということは、やはりここは夢の中なんだろう。

「え〜、後ろで見ようや。首疲れるって、前の席は」

「後ろの席は駄目です。他人事のように見てしまいます。やはり、ここは最前列で目をそらさずに見ていただかないとっ!」

 ガラガラの映画館の中、俺たちは最前列の席に座った。

 反射的にズボンの中の携帯電話をとりだし、マナーモードにする。急に音が出て夢を中断されると困る。いや、あれ? 夢の中に持ち込んでいる携帯電話と現実のそれとは連動していないのか? なんだか混乱してきた。

「じゃ、予告編なしでいきますねー」

 サキが親指をバチンと鳴らすと、映像が始まった。

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