第38話 雷同さんって意外とテンプレが好きだったんですね

 あらためて言葉にしてみると最低だと思った。

 勇気を出すことができず、用意された据え膳を食えなかったこと?

 いや、そうではない。最低なのは、自分の弱さを恥じ、隠しとおそうとしたことだ。

「そうだ。だから俺はダメだったんだ。俺は彼女に本当の自分を見せていない。まずはそこからなんだ!」

「なるほど! 強い自分を押し通す作戦ではなく、弱い自分をさらけ出すことで母性本能をくすぐる作戦に切り換えるのですねっ!」

「作戦とか言うなや。あとは手順をふんでいきたいわ。勇気をふりしぼって告白。三度目のデートにて観覧車内でキッス。すべてはそこからスタートやろ。人生で一回こっきりのことやからな。悔いのないように喪失しないと」

「ふーん。雷同さんって意外とテンプレが好きだったんですね」

 テンプレという言葉にはムカついたが、サキが心底残念そうな顔をしていたので言い返せなかった。

「で、どうします? 今この時間、マヤさんは起きているからリンクははれませんけど、智子さんの時みたいにシミュレーションしてみます?」

「いや、もう過ぎたことをいじくるつもりはないよ」

「じゃあロキさんの『アダルトビデオみたいなエッチしたらあかーん』発言を心の奥底に封印してみますか? うまくいくかわからないけど、やってみる価値はあると思います」

 その提案には、そそられるものがあった。が

「いいや、そんな心的外傷もふくめて雷同貞晴だ。さ、元の世界に戻してくれ。マヤが、サークルの仲間たちが俺を待っている」

 本音は名残惜しいけれど、カッコつけてしまった。

「わかりました。じゃ、行きましょー」

 サキはいきなり俺の体をお姫様抱っこで持ち上げた。ボートがぐらんぐらん揺れる。怖い。なんとか腕から抜け出そうともがいたが、サキはすごい力だった。

「はい、一、二、の三、だーっ!」

 俺の体を振り子のように揺らし、海に放り込んだ。けして浮き上がることもなく沈んでいく俺の体、そして……。


     ※※※


 俺はハンモックから降り、みんなの元へともどった。

 サークルのみんなはとっくに食事を終え、おのおのの時間を楽しんでいた。

 読書やパズルに興じるもの、缶ビールを空け、宴会気分で騒いでいるものたち、バドミントンやフリスビーをして軽く身体を動かしているものなど、まちまちだった。

 俺はマヤと二人で話をしたかったけれど、彼女は同じ二回生の女子とフリスビーに興じていた。

「次はカーブ行くよっ! ほい!」

 マヤの放ったフリスビーは緩やかな弧を描き、相手の胸元に届いた。

「すごーい! うまいね、マヤー!」

「実家でコリー犬飼ってて、よく遊んでたからねー」

 マヤは実家で犬を飼っていたのか、そんな彼女の基本的な情報すら俺は知らなかった。

 真田たち男連中とビールを飲み、下世話な会話を交わしながら、俺はマヤの姿を目で追っていた。

 やがてマヤの相手をしていた女子がバテてしまい、雷同さんも腹ごなしにどう? と、俺に誘いがかかった。

 運動神経が悪い俺としては遠慮しておきたかったが、スキーで散々醜態をさらしている。今さら恥ずかしがることもない。

 キャッチボールだと鼻血を流す可能性もあったろうが、フリスビーならいい。極力、まっすぐ飛ばそうとしたが、ときおり俺は大暴投した。

 そのうち俺は疲れて別のやつに変わってもらった。マヤは終始、運動をしっぱなしで、二人で話すチャンスはめぐってこなかった。

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