第45話 童貞という病のせい


 それからしばらくはサークルに顔を出さなかった。次に顔を出したのは二週間後のことだった。

 おそるおそる部室に入ると、根津とマヤが仲良くしゃべっていた。まるで今にもつきあいそうな男女の距離感。もしくはすでにつきあっている雰囲気だった。

 他の部員たちの影にさっと溶け込み、スルーしようとした。が、マヤは俺の顔に気づくと笑顔で手をふり、また根津との会話にもどっていった。

 なんだか俺……完全に過去の男として吹っ切られている?

 いたたまれなくなった俺はすぐに部室を飛び出していった。


 公園のベンチに俺は崩れるように座り込んだ。

 元カノが友達と話していただけで、なんだ? あの動揺は?

 俺はメンタルが弱すぎる。どうにもスマートなふるまいができないのは、きっと童貞のせいだ。二十年以上おのれにつきまとっている童貞という病のせいだ。それを捨ててしまえば、きっとおのれの中でなにかが……変わるはず。

 グラップラー刃牙では、主人公が女を知ったとたんに、特別な修行をしたわけではないのに、覚醒したかの如く強くなっていた。そこにはなんらかの「真実」を見いだしたのであろう。


 大学とは駅から逆側、線路をくぐりぬけると、それっぽい激安ソープが立ち並んでいるエリアを俺は知っていた。本来、俺はリサーチをしてから行動するタイプなのだが、ものごとには勢いが大事。後先考えずに目に入った最初の建物に飛び込んだ。


 そこからのことは、あんまりこまかく語りたくはない。


 激安だけあって、思ったより年上の女性にあたってしまったこと。三十半ばというその女性は深○恭子みたいなキュートさはなく、年相応のリアルな感じだったこと。電気をつけていると萎えてしまい、薄明かりどころか完全に真っ暗にしてもらったこと。

 俺はただマグロのように横たわり、上にまたがった女性にすべてをゆだねていた。感触だけは自分の手より、すばらしく、俺は脳内で性交できる可能性のあった女子たちを思い浮かべていた。智子、みずほ、茶髪バージョンみずほ、マヤ、可愛い小悪魔サキ、ついでに湯月さん……。俺はその誰とも結ばれていなかった。なにかがいろいろ間違っていた。パラレルワールドの俺たちは、もっと上手くやれているのだろうか?


 店を出ると、昼下がりの太陽がやけにまぶしかった。まったく強くなった気がしなかった。自信にもつながらなかった。盲腸の手術より、親不知をぬくことより、ぜんぜんたいしたことをしていない。

 ただ、ぬぐい去れない違和感だけが残った。


       ※


 スマホで撮った一枚の画像を俺はひらいた。

 ラストオブアスに夢中になっているサキの横顔を隠し撮りしたものだ。ふだんは見せない真剣な凛とした表情。俺はサキを失望させてしまったのだ。

 俺は溜まった洗濯物の中の、一番底に眠っていた靴下を引っ張りだした。おそるおそる鼻に近づけてみると、それなりの異臭がした。四〇代外回り営業担当者の靴下で、一週間も履き続けたものならば、これの比じゃないくらいに臭いだろう。

 俺は、サキに謝りたい。

 もう一度、サキに会いたい。

 夢の中で彼女と会えることを期待し、俺はふたたびベッドにもぐった。

 それから二週間、早寝遅起きの生活をつらぬいた。一日に十六時間は眠る飼い猫のような暮らしをした。だけどサキは訪ねてくれなかった。

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