第35話 最近、ベランダからパンツを盗まれたんです!
『だから、助かりました。荷物重くって一人じゃ大変なんですよ』
そう言ってマヤはキャリーケースの取っ手を俺に握らせた。
見たところ、家族は来ていないようだった。ということは、つまり部屋までついていく流れになる? そんな期待をしたものの、病院前のタクシー乗り場で別れた。
病み上がりとはいえ、もっと喜んでくれると思っていたのに、スキーのときと打って変わって彼女の態度は素っ気なく見えた。
こいつはもう、脈なしだな。無効だな。
そう観念していたが、その日の夜、マヤから電話がかかってきた。
そして思わずガッツボーズをとってしまうような提案をしてきたのだ。
お見舞いに来てくれた御礼をしたいし、次の日曜日なら同居している姉もいないので、ぜひ、うちに晩ご飯を食べにきてほしい。
今度の雷同はひと味違った。事前にコンドームを購入した。前日の夜、二ヶほど開封して薄闇の中でもスムーズに装着できるように練習しておいた。
日曜の夕方四時頃、マヤの部屋に行った。
近所のスーパーまでエコバッグを持って出かけ、肉じゃがの材料やジュースなどを買って帰った。細い商店街で肩を並べて歩く俺たちは、はたからはカップルのように見えたであろう。
料理をするとき、俺も台所に立ち包丁を握った。ジャガイモの芽をカットしたり、玉ねぎの汁が飛んで、涙を流したりした。
リビングでテレビをつけながら、肉じゃがと味噌汁をおかずに晩ご飯にした。
マヤと姉の2LDKの部屋は道路から数えて三つめの部屋だった。あたりには一軒家はなく、古いアパートや新築マンションが混在していた。不思議と静かで、たまに通る車の音以外に生活の音がなかった。犬の遠吠えすらなかった。
夕食後、デザートのマンゴーをつまみながら俺たちは談笑していた。二人の共通項としては大学のサークル仲間のことしかない。女子では誰と誰の仲が悪いのかを教えてもらう。代わりに俺は真田のアホ武勇伝を語り聞かせ、笑いをとった。
部屋にソファでも置いてあって、肩を寄せあい深く腰を沈めたのなら、進展したのかもしれないが、ダイニングテーブルをはさんで座っていたので、エロい雰囲気にはならなかった。
『んじゃ、そろそろ俺、帰ろうっかな』
時計の短針は十を差し、俺は腰を上げた。
『え? もう行っちゃうんですか?』
マヤは名残惜しそうな顔をした。
『だって、もう十時やで』
『夜遅く、一人で過ごすのって不安になるんですよ。女性の一人暮らしって……ねぇ?』
『そんなん慣れんとあかんやろ。帰り遅いと次の日キツいもん』
『そ、そう……パ、パンツ! 最近、ベランダからパンツを盗まれたんです! だから不安で! そ、そう、いっそ泊まっていけばいいじゃないですか!』
マヤにベルトをひっつかまれ、俺は反論するのが面倒くさくなった。
独身女性の部屋に泊まることになったというのに、どうしてウキウキしていないのか不思議に思う方もいるだろう。
これがワンルームなら、同じベッドで寝る展開は必須である。だが、いかんせん2LDK。俺がマヤの部屋で眠り、マヤが姉の部屋で眠る。交際前の男女なら、そうなるのが当たり前だろうと俺は予想していた。
が、予想は大きく外れ、俺は余裕を失った。
マヤの部屋に案内され、俺はベッドに腰掛けさせられた。整理整頓のゆき届いた部屋。一個師団でも作れそうなクマやウサギの大量のぬいぐるみ。そして甘い匂い。
『私、さっとシャワー浴びてきますね。冬でも毎日シャワーしないと気持ち悪くって』
『ごゆっくりー』
マヤが俺に見えないようにタンスからさっとパンツをとりだし、部屋を出ていった。
やることはただ一つ、俺はマヤの枕に顔を押しつけ、くんかくんかと匂いを吸い込んだ。
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