第13話 生きてるみたいなゾンビになります。

 思いのほか、力の加減をセーブできていなく、小気味のよい炸裂音が鳴り響いた。

『え、えーっ!』

 智子は訴えかけるような泣きそうな微妙な顔をしている。

 音は派手だが、そんなに痛くはないはずなのだが、たぶん……。

 やばい、なにか言わなければ……。

『はい、今の一撃で君は一回死んだってことでどうでしょうか? で、死んだ直後になぜか知らないけど蘇りました。これからはオマケの人生が始まります。そう思って、考え方を切り換えてみたら?』

 智子はきょとんとしていたが、やがて顔に血の気がもどった。

『わかりました。じゃ、私はこれから生き返ります。ゾンビみたいですね。生きてるみたいなゾンビになりますね。そのかわり、雷同さんもですよ。せっかく、いいことを言ったんですから、雷同さんも斜に構えてちゃ駄目ですよ。とことん、じたばたしていてくださいね』

『……え? 俺? ん、あ、まぁ、おう、そやな』

 雷同の返答はじつに歯切れが悪かった。これから数ヶ月、失恋がきっかけで引きこもってしまうのが納得できる。

「なぁ……」

 ふと俺はサキに質問してみたくなった。

「さっきみたいな状況やとさ、頭を撫でるのが正解やと思う?」

 異性にたいして素直な優しさをぶつけるのが苦手だ。そのことを俺は気にしていた。

「優しいだけの男なんて、くそっくらえです。でも強くしばきすぎです」

 画面に目を戻すと、幹事の秋草が会費を徴収していた。四千円を渡したものから立ち上がっていった。

 靴箱から靴をとりだしつつ、雷同は湯月さんをチラ見していた。

 やっぱりミニスカートに茶髪はいい。相手のことをそんなに知らなくても好きになりかける。そんなことを雷同は考えていたのだろう。

『じゃ、これにて解散! この後、オールナイトでカラオケするやつは残るように』

 秋草を含めた男五人と女四人がその場にとどまり、だらだらとしゃべっていたが、俺は帰ることにした。女四人の中に湯月さんは含まれていなかったし、タイプの子もいなかった。男連中の中では秋草以外にたいして興味がなかったし、そもそも徹夜までして遊びたくはなかった。

 ビルの外に出ると、ほんの少し小雨だった。

 雷同はショルダーバッグから折り畳み傘をとりだす。広げた傘の中に智子が入ってきた。

『傘、忘れちゃったんです。ね、入れてくださいよ』

『しゃあないなー、ちょっとだけやぞ』

 露骨にしかめっ面をする雷同だが、それはテレの裏返しの態度のようにもとれた。男のツンデレという表現があてはまるのかもしれない。

 相合い傘をするのにも折り畳みでは小さい。雷同は自分の右肩が濡れるのをしきりに気にしている。

「ちょっと濡れたくらいで、セコい男です」

「傘があるのに少しでも濡れると、損した気分になるねん」

 雨で景色がボヤケ、ネオンや車のライトが幻想的な雰囲気をかもしだしている。

『まだ終電まで時間あるから、少し歩きません? ふだんはキャッチとかが多いから、あまり歩かないんです。このあたり』

 雨は強くなってきた。傘からはみ出た部分が濡れる。気になる。

 雷同はおもむろに智子の肩を抱いた。

『ちゃうねん。特に意味はないねん。こうでもせんと肩濡れるやん? グレムリンじゃないけど、水に濡れたら凶暴になるねん』

 あてもなく彷徨う土曜の夜。本能的に人の少ない場所を目指して歩いていると、ラブホテルがならぶ裏通りの一角に出てしまった。

 ロータスパレス、エンペラーブリッジ、マンハッタンクイーン、竜宮城……非現実的で無駄にゴージャスな名前が多くて笑ってしまう。

『なんだか、雨、強くなってきましたね』

『そやね』

『寒くなってきましたね』

『そうやね』

『……どこか屋根のあるところに入りたいな』

『そう、そのとおり。まさしくそのとおり』

 なにが、まさしくそのとおりだ。

 次の場面で二人がいるのはカラオケじゃないか。

「あれ? この流れでどうしてカラオケにいるんですか? そんなに歌いたかったのですか?」

 サキがジト目で俺を見る。

「い、いや、これはたしか、そうだ。俺の財布には五千円しか入ってなかったんだ。だぁかぁらぁ! 仮にホテルに入れたとしても、休憩するのならば俺の金では不足している。よって、割り勘を申し込まなければならない。レディにたいして、それは失礼だろ? だから俺は、歌広場なんかに入ってしまったということか!」

「なんでドヤ顔で言うんですか! 雷同さんは恥をかくのが怖かっただけですぅ!」

「ま、まぁ、カラオケに入ってしもたのはしかたがない。とりあえず、二人のことを見守ってやろうぜ」

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