第14話 真のエンディングを目指せ。

 カラオケボックスの一室で、雷同と智子は隣り合って座っていた。二人とも雨に濡れたせいかハンガーに上着をかけていた。智子の肩が雷同にあたっている。

 他に四人くらい座れるスペースがあるというのに、智子は雷同の隣にぴたりと寄り添っている。

 たがいの存在を意識しつつ、二人は歌う。小さいミラーボールがまわる。濡れて光るカルピスサワーのグラス。合皮のソファーのきしむ音。

 吐息の届く距離。

 雷同は誰もが知ってるような男性アイドルの曲やドラマの主題歌を中心に歌っていた。彼が本当に好きなのは洋楽だったけど、好きな曲と上手く歌える曲はまた別だ。智子は明るめの女性シンガーソングライターの曲を中心に歌っていた。

 バラード曲などを歌われると、ただの歌詞であるにもかかわらず、これはもしかして俺への恋心を歌っているのかな? などと考えてしまう。バブルの頃に風靡をはくした女性タレントが『カラオケはセックスの前座』などと称していたことを思い出した。

 確かにこれ、この状況。ドリンクを運んでいる店員や、廊下を通っていく他の客の姿が見えなければ、セックスをする流れになっていそうだ。川の水が大海に流れ込むような、ごく当然すぎる流れでもって。

 夜中の一時を過ぎたあたりだったろうか……。

 雷同が『夜空ノムコウ』を歌っているとき、智子が雷同のヒザに頭を倒してきた。

 意外と重たい人間の頭。女子の頭。智子の頭。

 これはいったい、どういう意図を含んでいるのだろう?

 眠いのか? 

 それともこの雷同貞春に甘えているのか?

 ……雷同はなにもなかったかのようにリモコンをとり、そっと演奏解除のボタンを押した。

 震える手で髪を撫でてみる。

 髪がごわついていないし、顔も小さい。

 これが女性という生き物なのか。これに比べると、男性などまるでケダモノ同然。二本足で歩く狼みたいなもんだ。

 やがて智子は足を完全にソファに乗せ、身体をひねり、仰向けになった。

『……ん』

 化粧も崩れ、眉毛も消えかけている。眩しそうにまぶたを動かす智子の顔は、普段に比べてちょいブサだった。

 が、そのアンニュイな表情はエロかった。素敵だとすら思えた。

 智子が目を開ける。雷同と目があう。

 しばらく見つめあう二人。雷同はカラオケの曲目を手元に引き寄せ、ぱらぱらとめくっている。ふと智子に目をもどす。彼女は雷同から目をそらさない。

 だが雷同は目をそらし、ふたたび、カラオケの曲目をめくりだした。


 それを見てサキがゲラゲラ笑い出した。

「うけるぅ。必死に平静さを装ってるですぅ」

「あんま笑ってあげんといて。内心は冷や汗でダラダラやねん」


 やがてドキドキに耐えかねたのか、雷同はがに股でソファに深く沈み込み、目を閉じた。

 他の部屋からの歌声がよく聴こえる。

 近くに男同士の集団がいるのだろう。ルパン三世やガンダムなど、アニメ主題歌が大声で聴こえてきた。ふだんの雷同なら、実に楽しげなグループだと評していただろうが、女子の頭を膝上に乗せて混乱していた雷同にとって、雑音に近いその合唱は状態異常を付加してくるステータス攻撃と呼んでも大袈裟ではなかった。

「くそう。せめて静かであるか、ムードある曲を歌ってくれていれば……」

 眠るに眠れない雑音の中、時にまどろんでは騒音に起こされたりを繰り返し、時間はやっと朝の五時を過ぎた。

 雷同は智子を揺さぶり起こし、外に出た。雨はすっかりやんでいて、太陽が昇っていた。

『ほな、俺、あっちやから』

 智子とは使う路線が違う。雷同が先に改札に入ろうとしたとき、智子が雷同を呼び止めた。

『結局……なんにもしてくれなかったね』

 そんな言葉を浴びた雷同は、いったいどんな反応をしたのだろうか?

『……そらまぁ……そうやん……ハハハ』

 こともあろうに誤魔化すように笑い、改札内に逃げ去ったのだ。

 駅のホームには電車が停まっている。階段を駆け下りる雷同の表情は普段のものにもどっている。

 そして『終劇』の二文字が大きく浮かび上がった。


「な、ないわ! 主役の俺が言うのもなんやけど、こんな終わり方ってひどすぎるわ!」

「金返せって叫びたくなる内容でしたねっ!」

 サキが気持ちのいい笑顔をしている。人が苦悩しているのを見て楽しんでいやがる。悪魔だ、この女。いや、悪魔だ。

「あのとき、こうしていたら、こうやっていれば……そんなことが頭をよぎるばかりやわ」

「過去をやり直してみたいですか?」

「そりゃ、やりなおしたいよ」

「やりなおせますよ」

「は?」

「あのとき、こうしていればどうなっていたのか? その分岐点に干渉し、結果を見届けることができるんです。いわば『かまいたちの夜』や『弟切草』みたいなことができるわけです」

「マ、マジでか」

 俺は驚いた。夢の世界なので、なんでもありなのかもしれない。

「はい。三回までなら干渉することができるんです。そういうルールにしときましょう! 頑張って真のエンディングを目指してください!」

 三回までにしましょうって……こいつ、俺を使って遊んでいやがるな。

 それにしても、真のエンディングってどんなだ? やはり智子と結ばれてエンドなのだろうか? なにが結ばれて……だ。結ばれるだなんて、ようは互いの性器を結合させるだけのことじゃあないか。

「さ、じゃあ、目を閉じて、やりなおしたいシーンを強く脳裏に思い浮かべてください」

 俺がトラウマを引きずるキッカケのシーン、それはもちろん……。

「決まりましたか? じゃ、目を開けてください」

 雷同が飲んでいたビルの前。スクリーンを見ているわけではなく、その風景の中に俺は存在していた。

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