第12話 自分より背ぇ高い女といっしょに歩きたくないもん。
トイレからもどってきた雷同はよくしゃべる後輩の女子、智子の隣が空いていたので、そこに腰をおろした。
『どう? 楽しんでる? 飲んでる?』
『さっき無理矢理、一杯だけ飲まされちゃいました。赤くなってませんか?』
そう言って智子は冷えたグラスを自分の額にあてた。
『赤いっていうか、血色ええんちゃう? 俺なんか悲惨やで。飲んだら顔、青白くなるもん』
『んふふ。ゾンビみたいになるんですか?』
雷同は智子の頭をつかんで、カプッとゆるく噛んだ。智子は大袈裟に叫んだが、けして嫌がってるふうではなく、ちょっとはしゃいでいる。
少し酔っているな、雷同のやつ。
それにしても楽しそうにしやがって、つい俺は過去の自分にたいして嫉妬してしまった。
『そいや、今日はあの子どうしたん? マヤちゃん来てないの?』
『雷同さんもマヤ狙いですか? スタイルよくてカッコいいですもんね』
『そんなんちゃうわ。自分より背ぇ高い女といっしょに歩きたくないもん』
『雷同さん、贅沢ですねー。あの子、けっこうモテるんですよ』
『ふーん。で、今日はおらへんやん? どしたん? 君らコンビやん』
『いちお内緒ですよ』
智子が雷同の耳に口を近づける。
『今日は彼氏の誕生日なんですよ』
『え? 上京二ヶ月で彼氏できたん?』
『地元の彼氏ですよー。今夜は長電話するって言ってました』
『ふーん。遠距離かぁ。たぶん長続きせーへんわ』
『えー。ひどいよー』
『二回生にもなれば、いろんな現実が見えてくるねん。ちなみに智子ちゃんは彼氏おるん?』
『えーい』
智子は雷同の肩にやんわりとパンチした。
『あぁ、おらへんのね……』
肩をさする雷同。話題が途切れる。
『あのさぁ、ここのサークルってどう? なんでまたこのサークルに入ろうって思ったん?』
『え……そういうこと聞きます?』
『飲み会をしたり、スキーをしたり、テニスをしたりって、発想がお気楽やん。いろんな活動をするってことは、なににたいしても真剣に打ち込んでないってことやん?』
智子は少し困ったように笑った。
『たった四年しかない大学生活やん? こんなところで油を売ってないで好きなことをやるべきだって思わへん?』
『ずいぶん変なことを言ってますよ。そういう雷同さんは好きなことや興味のあることはないんですか?』
『俺? 俺はなんにもあらへんもん。漫画も映画も音楽も好きやけど、消費するのが専門やし、自分で作ろうって気はないしな』
『作らなくっても評論したり、研究したりはできるんじゃないですか?』
『他人が作ったものに、とやかく言うのって美しくないやん? 智子ちゃんはなにか趣味とかないん?』
『うーん……人に言うのはちょっと恥ずかしいけど』智子は照れくさそうに笑う。
『カメラが好きで休みの日には、道ばたの野草や野良猫、ふと見上げたときのおどろおどろしい夕焼けとか撮ったりしてますね』
ゆるふわワンピースを着ている智子らしいライフスタイルだといえる。
『そっか、それなら本格的に写真やってるサークルがあるから、そこで頑張ってみたら? このサークルは気晴らしのおまけ程度に考えてくれてもえーよ』
スクリーンの中の雷同を見ていると、わざわざ勧誘した後輩にたいしてずいぶん失礼なことを言っているように見えた。自分の姿を客観的に見るのは恥ずかしい。
『……わたし、なんか駄目なんです。がむしゃらに頑張ったり、努力する気にはなれないんです』
智子はためらいがちに答えた。そしてどうしようもないように笑った。
雷同は腕を組んでしかめっ面をした。まるで新撰組の局長のように見えた。
『友情、努力、勝利。そんな少年漫画の三原則はどう?』
『悪くはないと思うんです。思うんですけども……今の時代、努力よりも偶然に身をゆだねたほうが楽しく生きられそうじゃないですか』
『ん? ごめん、俺の読解力がないんかな。君の言葉の意味がぜんぜんわからへん』
『たとえば今の世の中って、ほとんどの人が自分の作った物を発信できる状況にあるじゃないですか。会社の愚痴を2ちゃんねるにたたきつけたり、嫁とのやり取りをブログに綴ったり、動画サイトに自分の演奏を投稿したり、歌ってみたり踊ってみたり、その中でたまたま書籍化したり、デビューできたりするケースがあるじゃないですか。そういうシンデレラ的成功を目の当たりにすると、汗だくで努力をしなくても、興味のあることを思うままに流して、わかる人がわかってくれればいいやって思えちゃうんです』
『いやいや、シンデレラ的な成功に見えるかもしれへんけど、本人たちは成功するために、緻密な戦略を立てているかもしれないやん?』
『それはわかります。そうかもしれません。けど、いくら頑張ったところで、これから先なにが起こるかわかんないじゃないですか! 今まで築き上げたものが一瞬で壊されちゃうかもって想像すると、足がすくんじゃうんです』
まわりはワイワイと楽しんでいるというのに、雷同と智子はこんな話をしている。まわりの大学生たちがずいぶんと幼稚に見えた。
いや、違う。ぜんぜん違う。雷同たちは高尚でもなんでもない。ただたんに場をわきまえていないだけだ。
雷同は卓球のスマッシュを打つように、智子の後頭部をはたいた。
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