第7話 三人の女とヤレなかった男。

「いや、凄かったです。マジ、雷同さん、口喧嘩は無敗ですね」

 呆然と突っ立っていた俺に鳥羽が近よってきた。

「あ、お、おう、まぁ、でも実際にダメージを受けてるのは俺のほうやけどな。あの女、全力でビンタしやがって」

 頬をさすりながら、俺は自嘲めいた笑いを浮かべた。

「はは、でも喧嘩に勝ったのは雷同さんですよ。スカッとしました。で、こちらの可愛い方はどういう関係ですか?」

 鳥羽はサキに興味津々だ。結局、そっちが本題かよ。

 真田と同じように、イトコだと説明しておこうか……いや、待て。ここは早くもサキと縁を切るチャンスだ。サキとしても精気が吸い取れれば誰でもいいだろう。まさか俺にそこまで執着しているとは思えない。

「こちらはサキさん。このサークルに入部希望の一回生や。お前ら、このサークルの趣旨、説明しといたげて。じゃ、俺はこれで」

 サキを生け贄にして俺は部室から逃げる。部室ではサキが男子たちから質問攻めにあっている。サキもまんざらでもない様子。

 アホくさ。

 俺はつぶやき、廊下を早歩きする。

 節電のためか、蛍光灯は半分以上外されていて廊下は暗い。

 階段を下り始めたとき、下の踊り場に見知った顔が二つ現れた。

 それは俺がもっとも会いたくて、同時に会いたくもない相手。

 俺がちょっとしたトラウマを抱えるきっかけを作った、マヤと智子だった。

 二人は俺に気づくと立ち止まった。

 ややあって、マヤはやんわりと手をふる。それにあわせて智子も微笑する。

 明らかにとってつけたような微笑みだった。

「最近、会わなかったね。元気だった?」

 マヤが首をかたむける。 まるで猫の仕草みたいだ。

 俺のほうが高い位置にいるのに、余裕ある表情のマヤに見下ろされている気分だ。

「え、あ、おう。おかげさまで」

 マヌケな返答。質問にたいする答えになっていない。

「そっか、ちょっと気にしていたんだ」

 マヤが微笑した。

 俺のことを気遣っている優しい笑みだった。でも、その優しさがかえって俺のコンプレックスをすべて見透かしているように思える。俺は大声を出し、地平線の果てまでダッシュしたい気分にかられた。

 その時、俺の背後から猛ダッシュしてくる音が聞こえた。

「ひどいですぅ! おいていくなんてぇ! 雷同さんは黙って俺の背中についてこい派なんですか!」

 最悪のタイミングでサキがもどってきやがった。

 俺のまわりには女が三人。この中の誰ともセックスをしていないというのに、修羅場的なムードができあがっている。

「その子、雷同くんの新しい彼女?」

 ためらいがちにマヤがたずねる。

 一瞬、どう答えるべきか迷った。

 が……

「うん、そやで」

 反射的に肯定してしまった。

 サキは状況がわからずに、きょとんとしている。

「いこ」

 智子がマヤの腕を引き、階段の下に引き返していく。

 しばらくのあいだ、俺はその場で茫然とした。

 大学を出て、あたりに学生がいなくなると、サキが聞いてきた。

「さっきのビッチたちは誰ですか? 変な雰囲気でしたけど」

「ビッチって……新しく覚えたからって簡単に使う言葉と違うぞ」

「すいません。どうも口にしたくなるフレーズで」

「ったく、一人は夢の中にもでてきたぞ。覚えてへんのかよ」

 俺は舌打ちをする。

「あの背の高い子が昨夜の人ですかぁ! 気づかなかったですぅ!」

「お前が見せた夢やのに、適当やな」

「私が選べるのはシチュエーションくらいで、登場人物は寝ている人に一任されることが多いのです」

 俺が無意識にマヤを選んでいたというわけか、そう思うと、なんだか照れる。

「もう一人の女は誰なんですか? 妙にトゲトゲしい態度だったです」

「……俺がハットトリックを決めたことは言うたよな?」

「三人の女とヤレなかった話ですね。ざっくりと聞きました。野球だったらスリーアウトチェンジですね」

「なにげに古傷をえぐる言い方をするなよ。とにかく、その三人の一人が智子やねん。興味ある? 聞く? 聞きたい?」

「話す気満々じゃないですか。車の音がうるさいです。どこか静かなところに行くですぅ」

 いつしか住宅街をぬけ出て、大通りの交差点に差し掛かっていた。

「き、聞いてくれる? 聞いてくれる? 俺の話をちゃんと聞いてくれるかい?」

「まったく自分のこと、大好きですぅ。大学には話を聞いてくれる友人はいないんですか?」

「大学は……あかんねん。知り合いの口から、どこに情報が漏れるかわからんもん」

「ふーん、淋しい人間関係。ま、私でよければ聞きます。その代わり、雷同さんにはたっぷりと夢精してもらいますからね」

 そう言うと、サキはいたずらっぽく笑った。

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