第6話 浮気? ずっとプレステをしていましたよ。

「なぁなぁなぁ! どしたん? どしたん? なんかあったん? なんか雰囲気悪くない? お前ら、なんかあったん?」

 目を見開き、イヤミったらしい笑顔を浮かべ、なおかつアゴをしゃくれさせながら、俺は二人の間に割って入った。川澄や和久井がそらした視線の先に顔を移動させ、肩にゆるくパンチをしたりして、男女の仲違いを別のベクトルに変換してみせるのだ。

 窓際でスマホをいじっているやつが、うつむき加減に笑いをこらえている。またサークル内での俺のファンが増えてしまったようだ。

「ん? ん?」

 俺は川澄と和久井の頬をペチペチと叩いてみる。もちろん痛くない程度にだ。じつに面白い。こうなったときの俺はもはや誰にも止められな……

「死ねっ!」

 思いっきりビンタをされた。あっさりと止められてしまった。

 少し膝がよろけるくらいの強打だった。ビンタをしたのは和久井だった。和久井の顔を見ると、目が真っ赤で涙目だった。

「えっ、えーっ? いきなりビンタって!」

 ぶたれた頬が熱い。

「雷同さん、大丈夫っすか? 頬が真っ赤ですよ! ハンカチ濡らしてきますね!」

 真田の野郎、俺の頬にかこつけて、この場を離脱しやがった。

 調子に乗って、少し接近しすぎた。いったん攻撃の届かない範囲に後退し、俺は声を荒げる。

「いきなりぶつことないやんけ! で、なんやねん、この雰囲気、なにがあってん、お前ら」

 当人たちは膠着状態に陥っているらしく、なかなか口をひらかない。

 スマホをいじっていた鳥羽という男子が、窓際から手招きし、俺とサキに話を要約してくれた。


 このあいだの土曜に飲み会があった。その中に三人ともいた。大半の者は居酒屋を出た後、帰ったが、川澄を含めた七名ほどは二次会でカラオケに行った。そして川澄は終電がなくなって困っていた新入生を部屋に連れ込み、一晩過ごしたというのだ。

 浮気をしただろと川澄を責める和久井。

 プレステをしていただけと言い張る川澄。なんだかパパラッチされたアイドルの言い訳みたい。

 泣いてばかりの新入生。

「はうう! ドロドロしていていいですね。この後きっと、刺したり、刺されたりが始まるんですぅ!」

 サキがウキウキとしていた。

「昼メロの見すぎや。さっきのビンタがマックスやろ、せいぜい。くそっ! 普通は川澄がビンタされるべきやのに!」

 なんだか殴られ損な気がする。

「ところで先輩、この人は?」

 鳥羽がサキに関心を抱いているが無視無視。ふたたび俺は喧嘩カップルに接近した。

「な、なによ。あなたには関係ないでしょ!」と和久井。

「いやぁ、興味を持って聞いてみたけど、そこらへんにあるような話で面白くなかったよ。こんなことで一喜一憂できる大学生であることが、俺には羨ましいわ」

 ビンタされた痛み程度には侮辱してやりたい。

「まず、和久井さん、この場合は川澄くんがヤッたかヤッていないかが重要?」

「部屋に泊めたって時点で浮ついた気分があったってことでしょ?」

「いや、だからそれは、終電を逃して帰れなかったわけだし、そのまま放っておくのも可愛そうでしょ」

 川澄が弁解する。何回もこの言い訳を繰り返しているのだろう。

「だったらいっしょにファミレスで夜を明かしたり、ネットカフェに泊まるなり、他にもいろいろ方法があるじゃない!」

 またヒートアップしてきた。たがいに感情をむき出しにして怒鳴り散らしている。俺は再びビンタを食らわないように安全圏に後退した。

「たがいに憎みあっているのなら、いっそ別れてしまえばいいのにです」

 サキが不思議そうにつぶやいた。

「愛と憎しみってコインの裏表みたいなもんやからな。しゃあないねん」

 愛が強ければ執着も強くなる。満員電車における痴漢の冤罪同様に、恋人同士における浮気の冤罪も数多くあるのだろう。

 二人の言いあい、言葉のボクシングを見ながら、俺は乱入するタイミングを見計らっていた。

「……だいたいねっ! 若い男女が同じ部屋に一晩いて、ずっとプレステしていたなんて信じられないわよっ!」

 来た! このタイミングッ!

「男女が同じ部屋に泊まる! イコール、性行為をしているッ! そう決めつけるということはつまりッ! 君自身が雰囲気に流されやすいビッチであることの証明にままならないッ!」

 逆転裁判の主人公のように、俺は人差し指を和久井の眼前につきつけた。

「な……な……」

 和久井はわなわなと震えているが、なにも言い返すことができない。

「ビッチってなんですかぁ?」

 絶妙なタイミングでサキが質問をしてくる。ナイスだぜ、サキ!

「さかりのついたメス犬のことさ」

「え! 実は犬だったんですか?」

「い……犬なわけないでしょ! ってか、誰よ、あんた」

 和久井がサキを睨みつけるが、サキは悪意ある視線に気づかない。

「パッと見、爽やかな雰囲気イケメンとつきあうから、こんなことになるんやな。今度は地味で女っ気のない雰囲気童貞とつきあうことを推奨するよ。そして次! そこの新入生ッ!」

 肩をビクッと震わせた新入生がおそるおそる顔をあげる。けっこう可愛い顔をしていた。毒舌をふるうにも躊躇する。

「君が川澄に食われたのか、食ったのか、食っていないのかは知らんけど、たいして重要なことではない。これから先、大学生活を送るうえで似たようなシチュエーションに遭遇することはあるやろけど、真に受けんでよろしい」

 と、修羅場を経験したことのない俺が言ってみる。

「そして次ぃ! 川澄ぃ!」

 川澄がびくりと後ずさりする。恋愛初心者の俺が、このフィールドでイニシアチブを取っている。たまらないぜ。

「俺が守ってやるから、正直に言いなさい。ヤッたの?」

 周囲の目が俺と川澄に釘付けになる。

 まさに裁判長の気分だ。

「ヤ……ヤッいないに決まっているじゃないですか、そんなの」

「ま、当然そう答えるわな。じゃあ聞き方を変えよう。仮にヤッていないとしてもだ。あわよくばエッチしたいという下心はあったんちゃう? 最後までいってなくてもキスくらいしたやろ? それともなにか? 指とか入れたのか?」

 俺はチンピラのごとく川澄の肩に腕をまわし、顔を至近距離に近づけ、息をふきかける。

「だからなにもしてないですよ! 一晩中、プレステで遊んでましたよ!」

「わかってる。わかってる。ただ、そんなに否定することやないと思うよ。男性として、いや、哺乳類のオスとして種をバラまきたがるのは当然のことやし、開き直るのもええんじゃない?」

 そう言って俺は川澄の股間をパンパンとたたく。

「な、なんであんたにそんなことをいわれなきゃならないんだ……」

 川澄が露骨にいらだちを見せた。

「そやな、これは俺の言葉というより、むしろ童貞の真田のために代弁してやってるねん。君たちも喧嘩をし、悩んだりすることもあるだろう。だが、彼女ができる気配も一向に見せず、道化のポジションに甘んじてきた真田の苦しみを思えば、贅沢な悩みにすぎない。映画でたとえれば『タイタニック』と『男はつらいよ』くらいのギャップがあるやろな。真田はな、女子の手ではなく、己のペニスを握り続けとんねん! この中にも真田みたいに自己申告はしていなくても、童貞や処女はおるだろうよ。彼らに迷惑はかけるな! そんなチャラついた恋愛ごっこは他所でやってくれたまえ! 以上だ!」

 われながら、なかなかの口撃(こうげき)だったと思う。ところどころ興奮のあまりツバを飛ばしてしまったが、それもまたヤツらにたいしてダメージを加算したといえよう。

「も、もう、なんなの、バカバカしい」

 和久井が捨て台詞をはき、部室から出ていく。それに続き、川澄や新入生が出ていく。

 部室に残されたのは十名足らず。半分は失笑し、半分は羨望の眼差しで俺を見ている。

 また、つまらないものを斬ってしまった。

 俺は虚しくなり、肩の力がぬけた。

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