第40話 なぜだか俺は変人に懐かれる

 が、サークルがいる方向から女性のかん高い叫び声が聞こえてきた。

「誰? ゴミ袋に花火入れたのー! バケツに捨ててって、あれほど言ったじゃない!」

「ボヤ出てる! ボヤ出てる! 誰か水! ジュースでもいいから早く!」

 俺はマヤと顔を見合わせ、苦笑した。こいつら大学生にもなって、なにをやってるんだ。

「すんません。俺ッス! たぶん俺ッス!」

 謝る男の声には覚えがあった。真田、お前か、なにをしているんだ。

「お前、そんなんばっかなー!」

「ちゃんと人の話を聞けよー!」

「最近、垢抜けようとして髪を伸ばしているみたいだけど、逆に不潔としか思えないんだよ!」

 あぁ、予想通りだ。わざわざ名乗りを上げるから、集中砲火を浴びている。あげくにボヤに関係のない悪口まで言われている。

 俺なら絶対に黙っているのにな。

「本当、アホだよね、真田のやつ」

「そうだね、でも雷同くん、けっこう仲いいじゃない」

「あー、なぜだか俺は変人に懐かれるフシがあるねん」

「じゃー私は? 変人?」

 マヤは嬉しそうに身を乗り出してきた。顔が近い。

「少しだけ、少しだけ変人」

 それを聞いてマヤはガッツポーズをした。

「喜ぶことかなー。ま、クソ童貞の真田に比べたら、ちょっと変わっている程度やけど」

「クソ童貞って……でも真田くん、あれで嫌われてはいないよ。基本的に嘘はつかないし、自分をよく見せようと虚勢を張ったりしないし」

「たしかにあいつはそやな。けしてカッコをつけたりはせーへん……」

 自分で言っててハッとした。

 じゃあ俺はなんだ? 桜の枝を折ってしまっても隠しとおすタイプの俺はいったいなんなんだ?

 本当は人一倍他人の目を気にするヘタレのくせに、他人が勝手に抱いてしまった『オラオラキャラ』を利用し、傍若無人にふるまってしまったいた。

 俺は……恥ずかしい。

「聞いてくれ! 俺は謝りたい! 謝らなければならないことがあるねん!」

 拳を握り、仁王立ちをした俺はマヤの前で震えていた。

 怖い。みずほに告白をしたときの百倍は緊張する。

「本当の俺は、本当の俺は、みんなが思っているようなやつとは違うんだ! 本当の俺は……」

 く……この先の言葉が出ない。

「雷同くん、頑張って」

 マヤが俺の腰を軽く叩く。

「おにいちゃん! 負けないで!」

 背後からはサキの声。なぜにこのタイミングで出てくる。空気を読め、空気を。

 俺は自分の頬を引っぱたき、気合いを注入した。

「俺はみんなが思っているようなゴーイングマイウェイな人間ではないんだ。ただの目つきの悪い関西人なんや。みんなが関西人に抱いている粗暴でやんちゃなイメージをうまく利用してしまった卑怯者。虎の威を借る狐。いいや! 虎のマスクをかぶったタイガーマスクだったんだ!」

「かっこいいふうに言うなぁ!」とサキ。

「今はつっこまなくていい。迷惑だ。座っていてくれ」

「すんません」

 サキは素直に頭を下げた。

「本当の俺は小心者なんだ! 使いたくはない言葉だが、ヘタレだといっても過言ではない。一人で定食屋に入ったときにはお冷やのお代わりも言えないくらいだ。他にもあるぞ。服屋の店員に話しかけられたら、つい店から出てしまうし、不良品を買ってしまったときも基本的には泣き寝入りや。それから、えーと……えーと……」

「もういいよ、もういいから、ね」

 マヤが背中をさすってくれた。だけど俺は黙らない。ある種の愉悦がともなっていたのかもしれない。

「よくない。俺は言わなくちゃならない。マントを外し、マスクを脱ぎ捨て、パンツいっちょの姿にならなくてはならない。俺はあの夜、君になにもできなかった。いや、正確にはめっちゃキスしたわけやけども……その先に進むことができなかった。それはけっして他に好きな相手がいたわけではない。当時の俺はビックリするくらいに身も心もフリーだった。どころかスキー旅行以来、君のことがずっと気にかかっていたくらいや。にもかかわらず、俺はキスより先に進むことができなかった。なぜか? 経験のない俺はやり方がわからず、恥をかくのが怖かったからなんだ!」

 言ってしまった。サークル内では比較的口が堅そうな子だが、男友達にはけしてさらけ出したことのない弱くてみっともない自分を明かしてしまった。

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