第41話 いいぞ、童貞王!
言ってしまった。サークル内では比較的口が堅そうな子だが、男友達にはけしてさらけ出したことのない弱くてみっともない自分を明かしてしまった。
「あーあーあーあー」とサキ。
「ちょ、ちょっと待ってね。じゃ、じゃあ今までの雷同くんは無理してたってこと?」
マヤはうつむきがちに上目遣いで俺を見る。憐れむようにも擁護しているようにもとれる表情だった。
無理をしていた? それを認めてしまっていいのか? なんだかんだと愛されてきた人気者の雷同くんを否定していいのか? 一部の女子から絶大な不人気と、一部の男子から絶大な人気を誇る微妙な立ち位置の雷同くんを否定してしまっていいのか?
「無理して、いたのかもしれない。もし俺が真田のように自分を飾らないで演出することもなければ……想像してみてくれよ。あの夜、俺は初めてなのでリードしてくださいって甘えることができたかもしれない」
自分で言っておきながら、想像してみると、ちょっと気持ち悪い。
「雷同くんの言ってることはわかるけど、それはちょっとありえない状況だよ」
「なぜ? 俺が未経験だということを明かしたら、それ相応に導いてくれたんじゃないの?」
「じゃなくって! そこじゃなくて、もっと前! もし雷同くんが真田くんみたいな性格だったら、スキーのとき、隣に座っていなかったよ」
たとえ俺が演出して作り上げたキャラであろうとも、まわりにいる者にとってはそのキャラこそが真実になりうるということか。
つまり、渥美清イコール寅さん、ということなのだ。
「ということはつまり、俺は今までどおりでいいってことかな? 少し背伸びしてきた俺のままで」
これは俺という人間が変わる岐路に立たされているのかもしれない。
「みんなを驚かそうとして暴言を吐いているのも雷同くんなら、服屋の店員とコミュニケーションをできないのも雷同くん。だから、なりたい自分をやればいいんだよ」
「わかった。サークルで今まで演じてきたヤンチャな態度も一つの俺。だけど、これからは少しずつ、まわりに情けない姿をさらしていこうとは思うよ」
武士は食わねど高楊枝、とは対極の思想だが、それが大人になるということなんだろう。女性の前で恥ずかしい思いをするたびに引きこもっていたのでは前に進めない。そもそも俺は武士ではない。
「こんなに情けなく、そして小さな俺だけど、落胆しないでいてくれますか?」
俺はマヤに向かって手を差し出した。
「ちょっと驚いたけど、やっぱり雷同くんは雷同くんのままだよ」
重なる二つの手。と、そのとき……。
「おめでとー!」
サキのかん高い声、と、ともに近くの繁みからサークルのメンバーたちがわらわらと出てきた。
「おめでとう、雷同」「一皮むけたな」「俺は薄々気づいていたよ」「ドキドキする告白でしたよ」「……」
口々に声をかけ、肩を小突いたりしてくるサークルの面子。
いつのまにかサキがいないなとは思っていたが、まさかしこんでいやがったのか……。もしかして、ぜんぶ聞かれてたの?
つまり、これで俺がヘタレ童貞だということがバレてしまったということなのか?
どうする? サークルはおろか、大学にも居場所がなくなってしま……
いや、俺は生まれ変わったのだ。これからは強さとともに開き直りも身につけてやる。
「やぁやぁやぁ! ありがとう! 民衆ども!」
俺はさながら王族のように、余裕たっぷりの表情で手を振る。
「いいぞーっ! 童貞王ッ!」
誰だかわからないが、男子がヤジを飛ばし、あたりが爆笑に包まれた。手をたたいて喜んでいるサキの姿が見える。悪魔め。マヤは俺の隣で困ったように微笑している。そして俺はといえば、ヒザをついて泣き崩れそうだ。
「ものども、静まれいッ!」
勇気をふりしぼり、俺は一喝する。誰一人として声を立てない。
「笑うなッ! なにがおかしいというのか! 生まれたときから大空を飛翔するハヤブサがいようか、練習もなしに自転車に乗れようか、努力もなしに肺呼吸を習得するオタマジャクシがいようか、つまりはそういうことだッ!」
調子にのって俺は続ける。
「童貞をバカにするということは、処女をもバカにすることだぞ。みんな、よく覚えておけよ。いつか俺は、最高の相手と最高の初体験をする。預言ではなく、予告やぞ。覚悟して、期待しとけよ!」
自分でもなにを言っているのかわからないが、演説してしまった。
「雷同さまー!」
またもや男子の声。こういう口火は、たいてい騒ぎたいだけの男子から巻き起こる。そして沸き起こる雷同コール。もう嫌、なんなの、これ。
若者たちは意味もなく騒ぎたいだけなのだ。
「みなの衆! 整列!」
そして俺もそんなノリに乗っかってしまう。ピシッとした列ではないが、みんな横にならんだ。
俺は左手でマヤの手を取り、サークルのメンバー、一人一人とハイタッチを交わし、退場していく。真田のときだけ、にやけた笑顔がムカついたので、ハイタッチではなく軽くビンタをした。
全員とハイタッチをした俺は(サキだけは空振りにした)
「じゃーな、お前ら。後片付けは頼んだぞー!」
と叫び、マヤとともに立ち去った。
わざとらしいまでの「えーっ!」という歓声を背中に浴びながら。
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