最終章 失われた時をもとめて
第42話 バンバンにヤリまくっているよ、俺は!
そこはだだっ広い草原だった。
あたりにはマヤと雷同しかいない二人だけの世界。
「わ! やだ! 虫、苦手!」
マヤの首筋に小さな虫がとまる。
「ただのナナホシテントウやん」
雷同がそっと人差し指ですくいとる。てんとう虫はもぞもぞと動いていたが、やがて意を決したようにパッと飛び立っていった。
「なんだかのぼせてきちゃった。木陰に入ろうっか……」
二人の側には巨木が一本だけ立っていた。
「お、おお……」
そして二人は木にもたれる。
雷同が目を閉じる。マヤは雷同にキスをする。
「雷同さん、好きですよ」
「俺も好きやで、サキ」
その瞬間、マヤが雷同からパッとのけぞった。
「も、もー! なに考えてるんですか! 私はマヤですよ! マ! ヤ! 他の女と名前を間違えるだなんて! しかもそれが妹の名前だなんて! そっか、あれだ! 雷同さんはシスコンってやつですか! うわー、もー、ビックリしたー!」
「いや、もういいから、バレてるって、サキ」
雷同はマヤの肩に手を置き、首を横にふった。
「え、マジで言ってるんですか? でも、なんで?」
「あれをよく見てみろよ」
雷同は空を指差した。
「さっきからあの雲、一ミリたりとも動いてないし、どこ探しても太陽が見あたらへん。てんとう虫とか細かいディテールに凝るのはええけど、基本的なところがずさんやねん!」
「は、はうわ! 言われちゃったですぅ!」
※
なんと、ビックリです。
雷同さんは夢の世界だということを見破ってしまいました。そもそも初対面のときに淫夢の誘惑に打ち勝ったのですから、そうとう強固な意思力です。
「あのー、雷同さん、夢の中で夢だと気がついて、そんな人生で楽しいんですか? みんな夢の中に行ってみたいと、夢の中でイッてみたいと思ってるんですよ!」
「だったら、もっと完璧に騙してくれよ。で、なんやねん。人の睡眠を妨げにきて、なんの用?」
睡眠を妨げるという言い方には語弊がありますが、そこはグッと我慢します。
「最初に約束したじゃないですか。童貞でなくなったら、夢精させてくれるってー」
「あぁ、覚えてるよ」
「あれから一ヶ月、もう雷同さんは童貞じゃないってことで、あってます、よねー?」
極力、傷つけることがないように、おそるおそる聞いてみます。刺激して目を覚まされたらたまりません。
「え? んあ? なにを言っているの? ヤリまくっているよ。バンバンにヤリまくっているよ、俺は!」
心配ご無用、即答されました。それにしても雷同さんの口から『ヤリまくっている』なんてフレーズが聞けるだなんて、時の流れを感じさせます。感無量です。
「じゃ、早速、約束通りヤリましょうっか!」
言いながら私はTシャツの裾をつかみ、脱ぎ捨てる動作に入ります。
「え? あ、ちょ、ちょっと待って!」
拒絶するかのように右手を前に突き出す雷同さんが、童貞そのものに見えてしまいました。
「もう、さんざんに待たされましたよー!」
「いや、違う。そうゆうことじゃないねん。マヤとはもう散々にヤリまくってるからなー。どうせなら違う人とヤリたいなと思って。ほら、拒みにくいように好みの異性の姿で出てくるんやろ? マヤとはヤリまくってるからな。ズッコンバッコンにヤリまくってるからなー!」
さすがは雷同さん、夢精だけでも人生においてはレアな体験なのに、言うことがいちいち欲深いです。
「わかりました。好みの女性ですね。湯月さんみたいな人がいいですか?」
「んー、忘れかけてたくらいやし、ええわ。それよか外国人がええなぁ。クロエ・グレース・モレッツみたいな子とヤリたいなー」
「クロエ・グレース……なに?」
日本支部につとめる私は日本のアイドルや女子アナには詳しいのですが、海外女優には詳しくないのです。
「なんや、クロエちゃんも知らんのかいな。使えへんやっちゃなー、お前。小学校からやりなおしてこい! 実家に帰れ!」
「は、す、すんません」
悪魔に義務教育制度はありませんが、ひどい侮辱をうけていることだけは伝わります。ちょっぴり泣きたい気分です。
「しゃーないなー、じゃ、もー、お前でえーわ!」
「え? え?」
今度はなんだかドキドキさせられてしまいます。
「よく見たらお前もそうとう可愛いし、サークルでもサキのこと好きな男子がいっぱいおったから、そいつらにたいして優越感を持てるしな!」
「あ、はぁ、どうも……」
「優越感を持てるということ、つまり精神的に優位に立てるということ、それはつまり力を得るということ!」
「……」
雷同さんの自己顕示欲に利用されているみたいで、ちょっと嫌でしたが、私にとっても雷同さんの精気には興味がありました。ここは持ちつ持たれつの関係だと思って、自分を納得させることにします。
「はいはい、指名してくださって光栄です。羽と尻尾はしまっておきますぅ」
くるりとその場で回転して、私はもとの姿にもどりました。
「うん、それ! それでええねん。そのままのお前でええねん!」
過剰に褒められているというのに、なんだか殺意がつのってきます。
「はいはい、この姿で雷同さんとするのってテレくさいけど、早速ヤリましょっか」
そう言って雷同さんに滲みよります。
「ちょ、ちょ、タンマ!」
「あー、今度はなんなんですかー」
「どうにもこうにも野外でするのはだだっ広くて落ち着かない。かといって普通の部屋だともったいない気がする。だから、ふだんは絶対にヤらないようなエレベーターの中とか、非常階段の踊り場とか、はたまた保健室のベッドとか……」
いちいち雷同さんの希望に応えるのも面倒くさくなってきたので、背景は普通のラブホテルにしておきました。一泊八千円クラスのごくありふれたラブホテルです。
「ま、待て。心の準備が……そ、そうだ、シャワー、うぷ!」
ウェイトを繰り返す雷同さんの唇を私は唇でふさぎました。男を黙らせるのはこの手に限るのでしょうか。
雷同さんは目がとろんとし、急におとなしくなったので、私は自分の思うように、ことを進めました。
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