第43話 いわばマグロ状態でした



「で、どう? よかったけ?」

 ことが終わり、頭をならべて数秒。雷同さんが発した第一声がそれでした。

 よかったもなにも、ことの最中、雷同さんは寝そべったままで、いわばマグロ状態でした。基本的にほとんど動かなかったので、私が色々と無邪気な手口で愛撫してあげ、上に乗っかってあげました。

 ヤリまくったと豪語していた雷同さんですが、マヤさんにリードされっぱなしでろくにアクションを起こさなかったのでしょうか、想像力や自主性がなさすぎです。まるで自力でパジャマに着替えることすらできない幼児みたいです。

「私は、雷同さんの、お母さんじゃ、ない!」

 とっさに私は叫んでしまいました。一音一音、区切って。

「はは、なにを当たり前のことを言うてんねん。いきなりやし笑ってしもたわ。……で、どやってん? 俺の精気、ボジョレーヌーヴォーみたいな味わい、した?」

 解体されゆくマグロのように動かなかった男が、得意げに『どう?』なんて聞いてくる。それはそれは醜悪な絵面でした。

「四〇代の営業担当者が同じ靴下を一週間履き続けたものを想像してみてください」

「うぇっ! なにそれ、なんの話?」

「そんな靴下にご飯をつめて、レンジでチンしたような、そんな味わいでした」

「え? マジ? サキにはそれが美味しいの?」

「あはは、ネズミも食べませんよー。まったく、どこで歯車が狂っちゃったんですかね。雷同さんがヤリまくりになったのがいけなかったんですかね」

「……」

「もうちょっと早く来るべきだったかなって反省してます、今では」

 未体験だと拒まれるし、ヤリまくりだと鮮度が落ちる。腐りかけのバナナのようにタイミングが難しいのかもしれません。

「なんかガッカリしました。じゃ、これで」

 私は翼を広げ、飛び去ろうとして窓に手をかけました。

「あ、あの、ちょっと待って! なんか今まで、悪かったな。あ、そや、真田なんかどう? あいつ正真正銘の童貞やん? 俺にしてくれたようにあいつの童貞喪失をサポートすれば、コクとキレのある精気がいただけるかもよ!」

 雷同さんのセコさが滲み出た発言です。第三者を紹介して罪悪感を軽減させようとしています。

「いっておくけど、真田さんはああ見えて、童貞じゃないです」

「え、えぇーッ!」

 その時、雷同さんは怒りと怯えの混ざった表情をしていました。

「でも、ある意味では雷同さんの言うとおり、童貞なのかもしれませんね。気になったので夢の中にもぐって記憶をたぐったんですよ。そしたら、彼、一年前の春にバイト先の先輩に連れて行かれてソープに行ってるんですよ」

「な、やつめ。素人童貞だったのか……騙されたわ」

 プロの売春婦としか性交したことのない男性のことを『素人童貞』と称します。素人童貞は、童貞からは「金で愛を買ったやつ」と、経験者からは「プロでなければ女も抱けないやつ」と蔑まされる存在らしいです。

 まったく人間というやつは、いろんな概念をつくりだします。

「で、真田からは吸い取ったのか?」

 淫夢にとっては食事に過ぎないというのに、浮気の是非を確認するかのような、泣きそうな顔の雷同さんを見て、サディスティックな気分にかられました。

「吸いませんよ! 素人童貞の精気は最下層なんです。昭和のドブ川みたいな香りがするんですよ!」

「あ、あ、あぁ……そ、そうなん」

「じゃ、私はこれで。サキちゃんみたいな可愛い子とエッチできてよかったですね。もう会うことはないと思うけど、せいぜい感謝するのですぅ!」

 いかにも小悪魔的な笑みを浮かべ、私は窓を開け、雷同さんのもとから飛び立ちました。窓といっても隣のビルの壁がすぐ目の前にあったので、羽がガリガリとこすれました。

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