サキュバスキャンパス
大和ヌレガミ
プロローグ シコシコ1回ぶんのデンジャラス。
第1話 ヒゲとマッチョで安らぐほどに。俺、失恋。
ある日の夜、俺はノートパソコンでドラマを見ていた。中国のテレビ局が作った三国志で全95話というとてつもない大作だ。
フィクションにどっぷり浸りまくっていた俺だったが、恋愛メインの作品は避けていた。引きこもる原因が恋愛がらみだったので、たとえ他人事の恋物語であろうとも自分のことのように一喜一憂してしまうことだろう。
なので、ヒゲ率、マッチョ率の高い三国志は有り難かった。
登場人物の七割もが、もっさりとしたヒゲを生やしているなんて、ユーザーへの媚びがまるで感じられない。逆にそれが清々しいほどだ。
が、呂布が初対面の貂蝉に一目惚れしてしまった。たしかこれは色恋がらみで、ひどい終わり方をするエピソードだった気がする。とらえられたうえ、斬首されるシーンなどではなんとも思わないが、悲恋は嫌だな……などと放心しているとチャイムがなった。
急いでパソコンを閉じ、部屋の電気を消した。
俺は部屋に友人をまねきいれたことはほとんどない。おそらくは新聞勧誘の可能性が高い。
二年前、大学に入学したばかりの俺は、一人暮らしにまつわる災いを把握していなかった。インターホンが鳴るたびに律儀にドアを開けてはしつこい勧誘をされた。泣き落としをかけられたり、新聞を読まないと就職できなくなると脅しをかけられたり不快な思いをした。
もう俺は同じ過ちは犯さない。布団をかぶって息を殺す。
ドアが激しくドンドンドンとたたかれる。なんて強引なやつなんだ。
俺の心臓の鼓動が早くなる。
「雷同くーん。いるんだろー。根津だよ、あけてー」
勧誘ではなかった。同じサークルの友人だ。
ドアを開けると、俺より頭一つほど身長の高い根津がニコニコ笑いながら俺を見下ろしていた。
「お前、来る時くらい連絡せえや、ぼけぇ!」
根津の頭を軽くしばく。
「ごめんごめん。あまりに出てこないから女の子と最中なのかと思ったよ」
「そう思ったんやったらノックなんかするなや、ビビったやんけ」
「うちの田舎じゃ、鍵なんてかける家なかったからさ。慣れてないんだよ」
根津は笑うと垂れ目がちの細い目がなくなる。
「来るなら来るで電話せえや。俺をつけねらう敵のスタンド使いかと思ったやんけ」
「あはは、漫画の読みすぎだ。たまには外に出ろよー」
根津は右手に持っていた紙袋を置き、俺をこづく。ふと、俺は紙袋に目をむけた。紙袋には日本酒の瓶が入っていた。
「外な……まぁ、考えとくけど、とりあえず中に入れよ。今、部屋片づけてくるから、ちょっと待ってて」
俺たちはベッドの側面を背もたれ代わりにし、ならんで座った。テレビがついていると会話の邪魔になるので、八十年代洋楽ヒットのオムニバスCDを入れ、小さな音量で再生した。俺が生まれる前の音楽だが、この時代のものはアホみたいにチャラチャラしているので重くなくていい。
「みんな心配しているぜ。たまにはサークルに顔出せよ。マヤちゃんもお前のことをずいぶん気にかけていたぜ」
「いきなり核心を突くなや。とりあえず飲んでからにせえへんか?」
そのマヤちゃんと顔を会わせるのが気まずいからこそ、俺は人を避けていた。
「ま、とりあえず乾杯って言わせてくれよ」
根津が持ってきた日本酒の紙包みを破くと、そこにあるものを見て俺は驚愕した。
「この日本酒、いったいどういうことやねん?」
日本酒の瓶には『丹誠こめて創ったお前がまさか俺とこんなことになっちまうなんて』とショッキングピンクの文字で書かれたラベルが貼られていた。
無論、そこには萌えイラストが……狐の耳と尻尾をそなえた半裸の美少女が両手に稲を持っていた。
「失笑しちゃうよね。自分でつけた銘柄とはいえ笑えるよ」
根津が笑った。
「そういやお前んとこの実家って酒蔵だっけ。節操ないなぁ」
「節操がなくてもあっても、手にとってもらえないことには始まらないよ。売り上げがグッと落ちてるから色々とやってみないと」
「ふうん、そういうもんかね。ま、美味いからええけど」
根津の実家の作った酒は美味かった。しっかりと米の味が出ているのにしつこくなかった。
「まあな。ラベルは媚びてるけど中身はちゃんとプライドもって作ってるんだよ。みんな外見と中身にギャップがあるんだよな。マヤちゃんだって見た目は派手だけど、中身はそんなイケイケじゃないと思うんだよね。あれでけっこうさ……」
そんなことを言いつつ、根津は煙草を取り出した。
「悪い。この部屋、禁煙にしてるねん」
「そっか、失礼」
なんだか気まずい雰囲気になり、俺たちはしばし無言になった。
酒をちびちびと舐めながら、俺はスマホをいじり始めた。それに連動して根津もスマホをいじりだす。
根津はニュースサイトでも見ているのか、海外の名優が死んだとか、明日は夜遅くから雨が降るらしいとか話題をふってくれた。だけど俺はろくに相づちを打てなかった。
そんなことより、根津の口からマヤちゃんの話題が出たことに動揺していたのだ。
マヤちゃんと根津はどんなことを話したのだろう? どこまで聞いたのだろう? はたしてあのできごとを根津は知っているのだろうか?
話の核心をつきたい気持ちと、そっとしてもらいたい気持ちがせめぎあっていた。
「そろそろ俺、帰るよ。じゃ、マジで顔出せよな。みんな淋しがってるぜ。ってかお前いないと調子狂うんだよな」
そう言って根津が腰を浮かしたときは、ホッとした。
しばらく顔なんて見たくないと思った。
だが、玄関でブーツの紐を結んでいる根津の背中を見ているうちに、このままじゃいけないと思った。
酔いがまわってフラフラする身体を起こし、壁に手をつきながら玄関に向かった。
「……今日は来てくれてありがとうな」
なんとか、それだけは言えた。
暗い部屋で一人、俺は痛飲した。
ついには一本空にしてしまった。
なんだか後頭部がズキズキと痛み、視界が上下左右に揺れている。
今、この状況でアサシンやスタンド使いに踏み込まれたら、確実に殺されるやろな。
そんな可能性はありえないし、もしそうなったとしても一撃で苦しまずに仕留めてくれるのなら、それならそれでかまわないや。
俺はベッドに倒れ込み、俺はそのまま眠りについた。というより意識を失ったというほうが的確だろう。
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