第19話 すごい数の雑菌ですよ

「智子ちゃんの件はおいといて……雷同さんは告白したことはないんですか?」

「告白ぅ? そ、それくらいしたことあるわ。ぼけぇ」

「愛……していたんですか?」

「お、おぉ、愛していたわ」

「相手を殺し、自分も死ぬほどに?」

「なんで心中せなあかんねん! そんなものは愛とは言わない。いや、愛かも知らんけど、共感しづらいわ!」

 自分と愛するものがともに死ぬ。それは究極のバッドエンドのように思えてならない。たとえ、好きな相手が他の相手とつきあおうが、死んで結ばれるよりは数十倍マシだと思える。

「おーい! 雷同貞晴ぅ?」

 後ろのほうから、少し疑問系で俺を呼ぶ女の声がした。

 俺はふりむいた。女と目が合うと、かけよってきた。

 女はデニムのホットパンツにボーダーのパーカーを羽織っていた。茶色のショートカットで少しボーイッシュな印象。すぐに名前が出なかったが、口元のホクロを見て気がついた。女の名前はみずほ。俺の人生におけるメインキャラの一人だった。

「みずほ、か。髪型変わったから一瞬わからんかったわ」

 ひさしぶりに会ったというのに俺は喜べなかった。偶然すぎる偶然が少し恐ろしかった。

「あはは、元気してたかー? ぜんぜん連絡くれないもんだから、どっかで野垂れ死んでるんじゃないかと心配してたよー」

「お前、相変わらず口が悪いな。久しぶりに会ったというのに、その態度か」

「で……このお嬢さんは誰? ずいぶん若いみたいだけど、雷同の援交相手?」

 みずほはサキに視線をおくった。

「今時、援交って、お前、言うことがオッさんみたいやぞ。こいつはな……」

「家出中の少女です。貞晴さんちに寝泊まりさせてもらう代わりに、毎晩若い身体をむさぼられてまっするー!」

 サキはテヘッとウィンクした。

 木の葉の揺れる音や子供の奇声が完全に消え、一瞬、空間がモノクロになった。

「というのは寒いギャグでぇ。妹のサキです。都内に遊びにきたので、兄に案内させてますぅ」

「ビ、ビックリしたぁ。こりゃ本物の雷同の妹だ。ひねくれてるとこ、そっくり。えと、サキちゃんだっけ、せいぜいこき使ってやってね」

 ナイスアドリブだ、サキ。一瞬、ひやっとしたけど、みずほのやつ完全に信じ込んだようだ。

「ところで、お前の兄貴は元気け?」

 俺はみずほに邪悪な笑みをむけた。

「あ、あー。あの時はごめん。他に言いようがなくてさ……」

「……」

「……」

「俺は……」

「じゃ! 友達待たせてるから行くねっ! また連絡するね。じゃーね、サキちゃん。雷同のこと、こきつかってやってね」

「はい、兄はパシリとしての才能を如何せんなく開花させているので、御心配なくぅ!」

 手をふって別れた。

 俺もみずほも笑っていた。

「しかし驚いたわ。お前、なんか悪い魔法でも使った? ここ現実?」

「え? なんでです? 普通のやりとりだったじゃないですか」

「あのタイミングで声をかけられるって、ありえないわ! まさにあいつこそ、告白した女やもん」

「ふふん、悪魔の私をつれていることで、悪運が強くなっているのですよ」

「悪運ねぇ、嘘でもええから幸運っていうてくれよ」

 白鳥型のボートに乗ったカップルが目の前を横切った。

 そういや、あいつともよくこの公園にきた。

 一回くらい、いっしょにボートに乗っておけばよかった。いや、白鳥型はないけれど、普通のボートになら乗ったことがあったっけ。

 どうも記憶があいまいになっている。

 日記を付ける習慣を持てばよかったとこんな時はいつも思う。

「電話、するんですか?」

 その問いには答えず、俺はゆっくりと腰をあげた。

 そして公園に接している、ちょっとした動物園に入り、ヤギやヒツジとたわむれた。

「おう、お前もさわれよ。もこもこして気持ちええぞ!」

「う……遠慮しときます」

 サキはヒザを閉じてクネクネさせている。

「あ、エナジードレインか、すまんな」

「ううん。人間のオス以外からは精気をいただけないんで、それは平気なんですけど……ほら、これ……すごい数の雑菌ですよ」

 悪魔のくせに地味に潔癖性だ。だけど俺はそんなの全然気にしない。

 モルモットやウサギをヒザに抱き、いやがるサキに無理矢理抱かせてキャーキャー騒ぎ、係員に注意されたりした。

 はたから見る俺たちは、悪魔と契約者、妹と兄、というよりは恋人同士のように見えるのかもしれない。

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