1章 エースストライカーにはなれない。
第4話 新入生女子を勧誘する男子の姿は野生動物みたい。
翌日、起きたときには十時を越えていた。
なぜだか俺はベッドの下で寝ていて、ベッドはサキュバスに占拠されていた。
窓から差し込む朝日に照らされるサキュバスの寝顔はあどけなく、夢魔と呼ばれているのが嘘のように、健康的な寝顔だった。
ただし、可愛いのは顔だけだった。
グゴビギピシピキィッッッ!
サキュバスのイビキは睡眠障害としか思えなかった。深夜のフェリーだと喧嘩になっているレベルだろう。
グザープルルルベス! ガ……ガ……ガフウッッッ! ゲボゲボ!
まるで古の禁術のようだった。そして、ときおり無呼吸状態になり、ムセる。滑稽なほどにムセてくれる。
なにより寝ヨダレが半端なかった。枕にはコップ一杯以上のヨダレをこぼしているだろう。枕は朝日にあたり、幻想的に光っている。無駄に綺麗だ。
童貞のベッドに無防備で眠る美少女(悪魔だけど)
ある意味、八十年代ラブコメ(微エロあり)的な風景なのだが、音がうるさすぎる。
肩を揺すって起こそうかと思ったが、昨夜のエナジードレインのことを思い出した。うかつに触れやしない。
触らぬ悪魔に祟りなし。
俺は部屋着を脱ぎ捨て、小綺麗なカジュアルに身を包んだ。
まさか一ヶ月ぶりに大学に行く理由が悪魔だとは。
そこまで計算して爆睡してくれているのだろうか?
……いやいや、ないわ。
失笑しながら俺はブーツの靴ひもを結んだ。
マンションを出て五分ほど歩き、私鉄の各駅停車で十分も揺られれば大学につく。
大学があるのは都内でもちょっとした規模の駅だ。駅前の公園を突っ切って、住宅街を少し歩けば俺の通っている大学だ。
都会だけあって駅周辺にはカラオケやゲーセン、飲食店と遊ぶ場所にはことかかない。
娯楽が多いのは嬉しいことだが、反面、誘惑も多い。
仕送りのほとんどをキャバクラやガールズバーに費やしてしまった男子学生もいるかもしれない。
道に立つスカウトの甘言にのせられ、学業そっちのけでキャバクラバイトにのめりこんだ女学生も一割以上はいるんじゃないだろうか……。
校門をくぐると、桜の花びらのカーペットが敷き詰められている。そして、いたるところでサークルの人間たちが新入生を勧誘していた。
みんなバカみたいに陽気に見えた。
特に新入生女子を勧誘する男子の姿は野生動物そのものに見える。
春特有の能天気な雰囲気は疲れる。速攻で家に帰りたくなった。
「まったく見渡すかぎり人の群ればかり。皇帝ペンギンが卵をあたためるシーンを思い出しますぅ!」
俺の右隣から女の声が聞こえてきた。
「まったくやわ。人が群れると動物そのものに見える。知性というより、本能で動いているみたいやで」
自然と返事をしてしまったが、俺は誰としゃべっているんだ?
隣に立っていたのは、小花柄のワンピースの上にカーディガンを羽織った茶髪の女子大生……いや、サキュバスだった。
「雷同さんの童貞喪失の相手を探すべく、追いかけてきましたぁ!」
「ちょ! しーっ! 静かに! 大声で童貞とか言うのはやめて! サークルのやつらに聞かれた日にはもうおしまいだ!」
世の中には絶対に知られちゃいけないことがある。デビルマンの正体、デスノートの所有者、そして雷同貞晴の童貞だ。
「あー! 誰かと思ったら雷同にーさんじゃないですか! うわ! 隣にいる美人さんは誰ですか? 新しい彼女さん?」
背後からいきなり肩をたたかれビクッとする。そこにいたのは一学年下の真田だった。ひょろい身体。さえない顔に満面の愛想笑い。あまり会いたくない人間の一人だった。
「芸人でもないのに、にーさんとか言うな!」
かなり強めの口調で俺は言う。こいつだけは本当に生理的に苦手だ。
「で、誰なんですか? そのべっぴんさんは?」
「あぁ、こいつはただのイトコや。たまたま東京に遊びに来たから案内してやってんねん」
目配せをすると、サキュバスは真田にむかって微笑した。悪魔とはいえ、人間社会での社交性はそなわっているようだ。
「サキっていいますぅ。貞春ちゃんがお世話になってます。今後ともお見知りおきですぅ」
行儀よくペコリとお辞儀をするサキュバス。
「こっ、こちらこそ! サキさんは今、彼氏とかいるんスか? よければ自分、新品っすよ。なんせこの真田幸雄。ピッカピカの童貞っスから!」
童貞であることはガッツポーズをとるようなことでもない。
「はいはい。脇役、脇役」
俺は真田の背中を押し、追い払う。
「あー、ひどいッスよー! サークルにも顔出してくださいねー。みんな雷同さんのこと待ってるんですから!」
真田の姿が見えなくなってから、俺はつぶやいた。
「つかれた……」
「なんで? 雷同さん、ずいぶん慕われてたみたいだったですぅ!」
「あいつ、いつも童貞やモテないことをネタにすんねん。たまに聞くぶんならええけど、しつこくてさ。コンプレックスに関する部分やからスルーしづらいし、笑うことを強制されてるみたいでムカつくねん」
「わかります。自分の体型をしつこくネタにする剽軽なデブとかって苦手ですぅ」
「あぁ、そんなやつ地元におったわ……って、お前、大学まで来るなよ。帰れよ」
サキュバスは人差し指を立て、チッチッチと横にふる。
「いまは魔女の宅急便の主人公のように研修期間なんです。だから等身大の人間の生活を体感したいんです」
「魔女宅って……悪魔のくせにジャパンカルチャーに詳しいな」
「漫画や映画などで人間社会の事はいろいろと勉強してきましたから!」
ある意味、納得。フィクションを参照にしていたのか。だから雪山で遭難などという安っぽいシチュエーションの夢を見せられたのだ。
「お前、だからあんな夢を見せたんかい」
「はい、他に得意な夢は美人保健医と仮病の生徒、美人家庭教師と好奇心旺盛な生徒、などがあります」
俺は白けた顔をする。
「だめ、ですかね?」
「生活感がまるでないなぁ、すぐに夢やとバレる内容やん。だいたい美人女医なんて二十年以上生きてて見たことがないわ。保険医なんてオバハンしかおらんかったわ!」
「そうなのです。リアルじゃないことを酷評されてしまいます。だから、自然な展開のエロシチュを勉強したいのです!」
サキュバスは懇願するような上目遣いで俺を見ている。
立ち止まる俺たちを通りがかりの男子たちが小声で噂している。普通の女学生の装いをしていてもサキュバスの愛らしい容姿には吸引力があるのだろう。
たしかに、こいつ、顔だけは可愛いものな。
「わかった。じゃ、一緒に大学を歩こうか。イトコのサキ」
可愛い女を隣に連れて、周囲から羨望されたい。俺の中にセコい欲望が沸き上がってしまった。
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