第16話 冗談としてすませられるようなチャラいノリ
ホテル街にて立ち止まる雷同と智子。俺は雷同にむかって飛び蹴りを放った。
「とーうっ!」
背中からの衝撃に雷同はよろけ、そして振り返る。
「あ、ああ! またお前か! っていうか、俺か! 今度はなに? なんなん、もう?」
来訪者の存在に慣れたのか、驚きよりも苛立ちの感情が強く出ている。
「予告! もうすぐこの女は『屋根のあるところに入りたいな』と言う」
俺は蝋人形のように静止している智子を指差す。
「え? マジで? それって? そういうこと? そういう意味やんなぁ? でも俺、心の準備が……ってか、コンドーム用意していないし、えー、マジで?」
顔面にグーパンチを入れたくなるほどに、雷同はデレデレとしていた。
お気楽すぎるぞ、こいつ。
「まぁ、落ち着け、俺、な。彼女はあくまで、ホテルに入りたいと明言したわけではない。屋根のあるところに入りたいと言っているだけで、具体的な指定はしてへん」
「そんなん普通、この状況で屋根のあるところって、決まりきってますやーん!」
雷同は大阪のオバはんみたいに俺の肩をバシバシとたたいた。うかれていやがる。こんなにウザッたい雷同は初めてだ。
「いや、決まりきってるというけど、それがやな……」俺は言葉につまる。
「一週目ではカラオケに入ってしまったんです」
サキが俺と雷同の背中をさすり、やさしく微笑む。
それを聞いた雷同の顔がみるみる赤くなる。
「ちょ、おま! なにカラオケなんか行ってくれてるねん! せっかくのチャンスを!」
そう言うと俺の胸倉につかみかかってきた。
「おちつけ! お前にはまだチャンスがあるから! お前はこれからの男やから!」
「あ、そっか……冷静さを欠いていたわ」
雷同は俺の胸倉から手を放すと「なんか、ごめんな」と急にしおらしく謝った。
今、ここで俺が去り、おとなしくなった雷同を残したとして、到底ラブホテルになど誘えはしないだろう。
「っつうかさぁ、ほんまにお前なんかにラブホに誘う勇気あるのかねぇ? 口ばっかで行動がぜんぜんともなわへんやんけ」
俺はイギリスのパンクロッカーのように唇をゆがめ、残忍な笑みを浮かべてみた。
「な、な! そんなん楽勝じゃボケぇ! お前と一緒にすんなぁ! お、女なんかどうとでもなるわぁ!」
まんまと挑発にのってくれた雷同の姿に期待をのせ、俺はサキに目配せをした。
「……さあて、今度はどうなることやら」
ふたたび劇場にもどり、雷同の行方を見守る。こうやってスクリーン越しに見ることで、他人事みたいでワクワクする。
相合い傘でゆっくり歩くカップル。
このシーンだけぬきとると、二人はすでに恋人同士のように見えるのだろう。
『なんだか雨、強くなってきましたね』
『そうやね』
『少し寒くなってきましたね』
『そうやね』
『……どこか屋根のあるところに入りたいな』
雷同の歩みがとまり、カメラ目線でこっちを見ている。見られていることを無自覚に意識しているのか、こいつ。
『屋根のあるところ……うん、そやね。外にいると濡れそうやもんね……』
二人の若いカップルは沈黙する。雷同は拳を握り、そわそわと目が泳いでいた。智子からなにか言ってくるのを期待しているのか?
童貞には酷かもしれないが、こういうときにモーションを起こすのは男のほうからだと相場が決まっているんだ。頑張れ、雷同!
やがて雷同は泳いでいた視線を智子にもどし、口をひらいた。
『ラブホテルとやらなんかに、行っちゃってみたりなんか、しちゃったりするぅ?』
最悪や、こいつ。
万が一、断られたときに傷つかなくてもすむように、冗談としてすませられるようなチャラいノリで誘いやがった!
そんな雷同の意図を見破っているのか、智子は雷同の目を直視した。
『どういう意図で言ってます? 本気ですか? 冗談ですか?』
見つめあう二人。先に目をそらしたのは雷同のほうだった。
『うそうそ! 冗談冗談! でも半分は本気やけどねっ!』
シリアスな雰囲気に耐えきれないとき特有の不自然な明るさと軽さだ。
そして二人はカラオケに入っていった。
「もう嫌やわ。せっかく干渉してやってんのに、ぜんぜん駄目やん、あいつ」
「他人がどう関わろうと、本人の行動様式はなかなか変わらないです。運命というのはそうそうは変えられないです」
「あー、もう、残り一機しかないやん……」
「どうします? やり直したい部分はあります?」
いや、いい。とりあえず流して見る。
「一度見たところなんで十倍速で見ますね」
サキはどこからともなくリモコンをとりだした。音声が消え、画面の速度が急に早送りになった。
「そんな便利な機能があるんやったら、とっとと使ってくれよ……」
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