第48話 埼玉県の越谷市ってわかる?

 六月二十日、運命の夜。

 俺は夜の十一時にベッドに入った。深町くんには二時間前に電話をし、けして夜更かしをしないように釘を刺しておいた。ふだん話さない人からそんなことを言われても、深町としては意味不明だったろう。

 俺はお香を焚いて部屋を甘ったるいにおいにした。ベッドに横たわり、全身の力をじょじょにぬき、すぐに眠りについた。


 そこはなぜだか動物園だった。全身黒タイツのアサシンふうの男たちにとりかこまれた俺は、ガラスゲージに閉じ込められたドラゴンを見ていた。

 俺のまわりの六人のアサシンたちは腕を組んで肩を震わせて笑っていた。ドラゴンはファーストガンダムのときのグフのような、どぎついブルーをしていた。

 即座に俺は自覚した。あ、これ、夢。

 夢の中だとわかればやることがある。俺はズボンのポケットに手を入れた。セーフ! ちゃんとスマホが入っていた。ドラゴンがいるような謎世界になっているので、圏外かもしれない。おそるおそるスマホをチェック。セーフ、ちゃんとアンテナがフルに立っている。

 サキの手ほどきのおかげで俺は夢世界に慣れている。夢の中でも自我をもって行動できる余裕があった。

 それに俺は確信していた。

 以前にサキが俺とみずほの夢をリンクさせたことがある。もし、夢の世界同士がつながっているのなら、眠っている深町くんの夢世界に干渉することができるかもしれない。

 ならば俺はそれをやってのけるまでのこと! そして『奇跡体験!アンビリバボー』に投稿してやる!

 俺は深町くんに電話をかけた。六コールめで電話はつながった。

「雷同さんですか? どうしたんですか?」

「君は今、どこにいるんや?」

「はぁ、それが不思議なことに、大きなシャボン玉の中に入っていて、ふわりふわりと、珊瑚の森の中を彷徨っています」

「なんとまぁ、メルヘンな夢を! そんな幻想ええからさっさと家に帰れ!」

「帰れって言われても、どうすれば……」

「家に帰りたいと、ひたすら願うんだ。『およげ!たいやきくん』でも歌ってみてはどうやろう? 帰りたい気分が増幅されるんちゃうかな、なんとなく」

「えー、すっごい楽しいから、このまま、ゆらゆらしていたいんですけど」

「あかん。帰れ。ほんまの幸せはわが家にあるものや。メーテルリンクの青い鳥くらい知ってるやろ?」

 電話を切ってから、適当なことを言ってしまったと後悔する。わが家に帰れと言ってしまったけど、目が覚めて現実世界にもどってしまったらどうしよう?

 悔やんでもしようがない。それより問題なのは俺が深町くんの家にたどり着けるかだ。

 どうやら、とりかこむアサシンたちは倒すべき敵ではなく、むしろ俺の護衛のようだ。その中の一人に俺はたずねてみる。

「あの、ここって、どこ?」

「はっ! ここは辺境の地、ガナン王国のエクスセオドール自然ふれあい動物公園ですぞ。お忘れですか。第三王子ファーラン様」

 どうやら日本ですらないらしい。面倒くさいこの状況をすっ飛ばしたい気分だが、夢だという自覚を強く抱いている俺が逃避すると、間違いなく目覚めてしまうだろう。

 深町くんの住所は、番地まで暗記してある。

「あの……埼玉県の越谷市ってわかる?」

 黒タイツどもは誰一人として、返事をしなかった。

 ふと、マトリックスの主人公を思い出した。あいつ、二作目以降は普通に空を飛んでいたよな。ここが現実ではないと自覚している俺には、それが可能かもしれない。

 ヘソの下あたりに力を入れて踏ん張っていると、浮いた。一メートル、二メートルと浮き、急に体が軽くなり、ジェットのように上昇する。まるでドラゴンボールの主人公のように高速で飛ぶことができた。いまや物理法則を完全に無視し、仮面ライダーフォーゼばりに大気圏外にまで飛び出している。地球がまるで地球儀のように見える。俺は地球儀のまわりをぐるぐると回り、日本列島をさがした。

 日本を見つけた俺は、だいたい房総半島のでっぱりを目印に急降下していった。

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