第31話 身も蓋もない言い方をすると、少しロリが入っている

 肉を食い、腹がいっぱいになり、ビールでほろ酔い加減になった俺は

「ちょっと立ちションしてくる」

 と森の中に入っていった。

 周囲に人がいないことを確認し、放尿をする。

 いつも見ているゴシップサイトが更新されていないか、スマホをチェックしながら歩いていると、ぶら下がっているハンモックが視界に入った。

 俺は吸い寄せられるようにハンモックに乗っかった。

 尋常じゃないフィット感だった。まるで乗っていることを忘れてしまうような、心地よさだった。

「……雷同さん! 雷同さん!」

 サキの声が聞こえる。どうやら俺は少し眠っていたらしい。

「あぁ、起こしてくれたのか……」

 ハンモックから降りようとする。が、そもそもハンモックがなく、俺は地面から1メートルほどの高さで浮いていた。

「お、おちつかない。なんや、これ」

 まるで無重力下にいるように、おのれの体をコントロールできない。

「いい加減慣れてください。夢です。夢の中で語りかけているんです」

「えっと……この状態、あまりにも落ち着かないから、なんとかしてくれない?」

 落ち着いていない状態を『地に足がついていない』と表現するのが頭ではなく心で理解できた。

「わかりました。壁紙、チェーンジですぅ!」

 サキが叫んで腕を振るうと、俺たちはボートに向かいあって座り、大海原のど真ん中にいた。空は雲一つなく、見渡す限り地平線で、三六〇度見渡しても陸はまったく見えない。

 ボートといってもカップルが池で乗るようなちゃちいタイプのものだ。

「さ、雷同さん、聞かせてください。あのマヤという女のことを。ここなら誰の邪魔も入りません!」

 サキの目に嫉妬の色が浮かんでいるように見えたのは俺のうぬぼれだろうか?

 忘れたくても忘れられないほど恥ずかしい記憶がある。そんな記憶も大海原という嘘くさい風景の中ではスラスラと語れる気がした。少なくとも猥雑とした居酒屋やファミレスよりはるかにしゃべりやすい。


 マヤとの関係を話すうえで、スキー旅行のエピソードは避けて通れない。

 あれは今年の一月下旬だったか、二月上旬だったか、それくらいの時期。

 わが『オルたなっ』は長野へのスキー旅行を企画した。

 ちょうどバレンタイン前ということもあり、恋人を見つけようと躍起になっていた者もいたが、俺はいたってマイペース。スキー場へ向かうバスの中でも早々にイヤフォンを耳に突っ込み、自分一人の世界に入った。

 バスの移動時間は長くて退屈だ。人と会話をして話題がつきたときの気まずさときたら……だからこれは、何人たりとも俺に話しかけてくるなという意思表示でもあった。

 バスはそれなりに空いていて、俺の隣も空席だった。真田や根津あたりが座ってきてもおかしくはないのだが、最大出力にした俺のATフィールドに気圧されていたのだろう。

 にもかかわらず。

 にもかかわらずだよ。

 俺の隣に平然と座ってきた人物がいた。それも異性だ。その女は許可も得ずに俺の左耳のイヤホンを引き抜くと、自分の耳にはめた。

『雷同さんはどんな音楽を聴いているのかな?』

 悠々と俺の壁を取り払い、領域に侵入してきた女、それがマヤだった。

 正直、迷惑だった。

 その時の俺は、軽く舌打ちをしてしまった。おそらくマヤは気づかなかっただろうが。

『この音楽はどうゆうところがいいのかな?』

 いちいちぶつけてくるマヤの何気ない質問が、俺にはウザくてしかたなかった。

 俺は洋楽全般を広く浅く聴いていたので、他人にたれるほどの講釈は持ち合わせていなかった。

 そこを『このバンドはイギリス? アメリカ?』『声が高いけど、女の人?』『これは何年前の曲? 当時は斬新だったのかな?』と質問攻めにあうのでたまらない。たとえ、丁寧に説明したところで、このタイプの女は家に帰ったら頭から抜け落ちてしまうのだろう。

 マヤがたえず話しかけてくるので音楽鑑賞どころではなかった。イヤフォンをぬき、おもむろに文庫本を出して読み始めると「この作家ってバラエティに出てなかった?」と最初はからんできたが、10分も経つとおとなしくなった。

 マヤをうざがる俺とは逆に、サークルの男子たちはマヤにつきまとわれる俺のことを羨ましがっているようだった。

 なるほど……長身でスラリとしていて、エキゾチックな顔立ちのマヤはなにをしていてもサマになる。なんとなく女豹っぽいし、モデルの仕事をしているといわれても誰も疑問に思わないルックスだ。

 だが、いかんせん、俺の好みの顔ではなかった。

 俺の好みはもっと、こう……綺麗より可愛いというか……大人の女性より少女のあどけなさというか……。

 つまり、身も蓋もない言い方をすると、少しロリが入っているのだ。

 だから一般的には『イイ女』の部類であっても、実年齢より少し上に見える異性には、あまり興味を持てないのだ。

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