第7話 鼻歌

 チャイムが鳴る。

 途端に教室が騒がしくなる。

 昼休みの開放的な雰囲気は小学校でも高校でも変わらないものだと思う。


 社会人になってもこんな感じなのかもしれないな――と考えながら、荷物を持って俺は席を立った。


 目的の場所には数名の生徒がいた。

 俺はその中心に座っている女子生徒に声をかける。


「しん……レイ、ちょっといいか」

「どうしたの、陣くん」


 一度声を掛けただけなのに周りがザワつくのを、はっきりと肌で感じた。

 これは『名前呼び』が皆を誤解させているんじゃないだろうか。

 まあ、レイの希望だし、拒否する明確な理由もないのだから仕方ないか。


「ああ、そうだな……ちょっとここだと……」


 うるさいはずの教室だが、どこか変に底冷えしているような静かさを感じる。

 まるでこちらを窺っているような――いや、ような、ではなく窺っているのだろう。

 感謝するのはムカつくが、リョウの事前情報のおかげで気が付けた。

 学園のアイドルである真堂にとっては、もしかすると日常的な視線なのかもしれないけど。


「じゃあ、移動しましょうか?」

「いいのか?」

「ええ、もちろん」

「友達との昼食があるのかも、聞きたかったんだけど」

「気にしないでいいわ。いつもまちまちだから」


 周りからも『ぜんぜん気にしなくていいから! どうぞごゆっくり! なんなら早退しちゃえば!?』などと声を掛けられる。


 その都度俺は「あ、ああ」とか「お、おう」とかしか返せず、困ってしまった。

 クラスメイトなのだろうが、正直、見覚えがないし……。

 俺、本当に自己満足の付き合いしかしてなかったんだな……心から反省しました。以後、気を付けます。


 それぞれの名前はあとで真堂に聞けばいいとして、今は目的を達成させよう。


「じゃあ皆、ごめんなさい。わたし、陣くんとでかけてくる」


『よろこんでー!』


 なんだよその掛け声……。

 教室から二人で出ると、なぜか背後でクラスメイト達の歓声があがった。

 この数日間で、俺のクラスは、俺の知らないものへ変わっていたらしい。


「……いや、俺がクラスのノリを知らなかっただけか?」


 独り言だったはずだが、後ろを歩いてくる真堂が答えた。


「人生とはそういうものじゃない? 知らないところで物語は動いているものでしょ。ガラスの靴を脱ぎ捨てただけで、王子様が勝手に探し始めてくれるんだから」

「深いお言葉で……」


 シンデレラの引用は偶然だろうか。それとも真堂は自分のあだ名を知っているのだろうか。

 聞く必要はないけど、なんだか気になる。

 ……なんで気になるのかは知らないけど。


 まあいい。

 さて、どこへ移動しようか。

 できれば人目がないところが良さそうだ。

 教室のみならず、二年の教室がならぶ廊下を歩いているだけで、なんだか視線を感じるし。


「~~~♪」


 背後の真堂をちらりと伺う。


「……なに?」

「いや、なんでもない」


 無表情の真堂が居る。

 それだけだった。

 気のせいかな。さっき、背後から鼻歌が聞こえた気がするが……。


「どこへ向かっているの?」

「ああ、そうだな……よし、わかった」

「今決めたの?」

「夕食の買い出しと同じ」

「どういうこと?」

「その場でメニューを決めていくもんなんだよ」

「……べ、勉強になるわ」


 なんでそこで顔をひきつらせたようになるんだか。


「さて、じゃあついてきてくれ」

「ええ。どこまでも」

 

 俺は移動先を定めて、歩を進めた。

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