第66話 O
朝。
レイと二人きりの登校。
最近は、俺とレイが一緒に居ることで、周囲からの視線を感じることも少なくなった。
俺が慣れてきたのか、もしくは周りが慣れてきたのか。
どちらにせよ、俺に友達が増えたわけではないけども……。
少し先を歩く男友達のグループは、なんだかとても楽しそうにスマホの画面を見せあっていた。
「陣くん。落ち込んじゃ駄目よ? 友達なんて、すぐできるわ」
レイがいきなりそんなことを言うものだから、さすがにエスパーだと思った。
「今、わたしのこと、エスパーだと思ったでしょう?」
「本当にエスパーだと思うぞ」
「そうね。たしかに陣くん専門のエスパーかもね」
「……なにかトリックがあるような気がする」
「トリックなんて、ないわ」
「じゃあなんで考えていることが分かるんだよ……」
「陣くん、顔に出やすいから。今だってほかの男子グループを羨ましそうに見てたでしょう。きっと友達1000人計画のことを思い出しているんだろうなと推測したのよ」
「一桁多いです……」
10人だって遠いのに。
「平気よ」
レイがふふん、と顎を上げた。
無表情だけど。
「わたし、おそらく990人分くらいの、価値があると思うの」
俺は少しだけ考えてみた。
答えはすぐに出た。
「なるほど。確かにそうかもな。むしろレイ一人、独占できてれば、同じようなもんか」
「……っ!?」
レイは赤面し、周囲を見渡した。
まるで敵を探している野生動物みたいだった。
「なんて恥ずかしいことを言うの!?」
「……? なんか言ったか、俺」
「し、しらないっ」
「いてっ! 無言で蹴るなって」
「しりませんっ」
レイの歩くスピードが速くなり、俺は掛け足でそれを追いかける。
追いつくと同時に、俺は今日の予定を確認した。
「そうだ、レイ。蹴られて、思い出した。悪いけど、今日も先に帰っていてくれ」
「なぜ蹴られて思い出すかは不明だけれど――ええ。分かったわ。『女子』と話がある陣くんを、わたしは信じて待っていることにする」
「お、おう」
俺は前々から気になっていた――というか、最近、ミヤコちゃんや鬼島さんから注意されていたことを口に出してみた。
「レイは、俺がほかの女子と話すの、嫌か?」
「いやよ」
こちらに視線を向けることなく、即断だった。
「え、あ、そう……か」
ミヤコちゃんや鬼島さんの言っていたことは的中していたらしい。
曰く、『俺が他の女子と話していて、レイが良い気分なわけがない』ということ。
ただ、鬼島さんはそれで終わりだったけれど、ミヤコちゃんはこんな風にも続けた。
『とはいえ、それ以上に、人に頼られる先輩のことが誇らしいと思っているはずですけど』
理由は分からないが、そういうことらしい。
ちなみに『そもそも真堂先輩が他の男子とたのしそーに、話していたらどう思いますか?』と聞かれたので、俺はその光景をイメージしたあと、こう言った。
『レイは無表情なのに社交性があって、不思議だし、良いなぁ――って思う』
ミヤコちゃんは、積乱雲を動かせそうなくらい、深く長いため息をしていた。
なにか間違えただろうか。分かりそうで、分からなかった。
「でもね、陣くん」
レイは黙考する俺を、いたわるように優しい声をだした。
思わずそちらを見やると、レイは非常に珍しく、口角をわずかにあげて笑っていた。
「――それ以上に、人を助けてあげようとする陣くんが、わたしは素敵だと思うし、誇らしく思うわ」
「……そうか。ありがとう」
さすが、ミヤコちゃん――俺は心の中で称賛する。
と、レイの顔がぼっと燃えた。
「そもそもね!」
「ん?」
「朝から恥ずかしいこと言わせないでパンチっ!」
「無茶苦茶だろ!?」
今日はいい日になりそうだ――そんな予感のする朝だった。
◇
とはいえ、俺という人間は預言者でも占い師でもなんでもない。
ただの高校生である。
未来は分からないし、人の気持ちだってよくわかっていない。
登校日、四日目。
今日を入れれば、残り二日。
放課後。
約束通り、待ち合わせ場所にはイバラギさんがやってきた。
けれど――いつもと様子が違う気がした。
覇気がない、といえばいいのか。
目標に向かってまっすぐと走り続けているような印象の彼女から、活力が消えている気がした。
イバラギさんは、俺に視線を合わせようともせずに、こんなことを一方的に言った。
「ごめん。ごめんなさい、荒木陣。まだ勇気が足りないみたい。でも、必ず、明日は来るから――だから、ごめんなさい。最後でいいから。最後でいいから、明日、またここに来てください……っ」
一方的に、俺へと下げられる頭。
約束を交わすまでもなく。
彼女は踵を返して、走り去ってしまった。
夏休みに囲まれた、登校日。
日常のはずなのに、非日常に感じられるのは何故だろう。
ただそれも――残すところ、あと1日だけだった。
そういえば、と思い出す。
そういえば今日のイバラギさんは、風紀委員の腕章すら付けていなかった。
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