第11話 好きです
真堂は俺が差し出したビニール袋を見た。
「料理?」
「ああ。夕食を作る」
「謝罪の手土産に、ケーキを買ってきたのだけど」
「デザートでいいだろ?」
「……?」
よく分かっていないらしい。
「レイは今日の夕食は買っちゃったのか?」
「いえ、まだだけど……。帰りにコンビニでも寄っていこうかと思っていたところよ」
「それじゃあ栄養が偏るだろ」
「サラダも食べているわ」
「ああいうところの味付けってのは、おいしいかもしれないけど、栄養的には塩分過多だったり、ビタミン不足だったりするんだよ。保存を優先するために油とかも結構はいってるしな」
「は、はい」
「それを悪いとはいわないけど、なるべく手作りのものを食べる方がいいぞ。レイほどの美人でも、内側から侵食されたら大変なことになっちまう。肌だってすごいキレイなのに、不摂生が続いたら大変なことになるかもしれないしな」
「そ、そんなことないし……そこまで言ってくれなくても……」
真堂は視線を上へ下へと動かし始めた。
「そんなことあるんだよ」
食事は健康の基礎だからな。
肌だって荒れる原因になるのは当然。
「そ、そうかしら……、陣くんがわたしのこと、そう思ってるなら……光栄だけど……」
「……?」
栄養不足が光栄っていうのがよく分からないけど、まあいいか。
重要性は理解してもらったみたいだし。
「というわけで食材を買ってきた。セール品だから、望みのものは作れないかもしれないけどな」
真堂はビニール袋の中を見た。
「ネギがあるわ」
「そうだな」
「ネギ焼き……?」
「好きなのか?」
「ネギから作れるものは……ネギ焼きね」
「なるほど……」
俺は買ってきたものをキッチンテーブルの上に並べた。
色とりどりの食材が並ぶが、もちろんこれら全てを使ってしまっては我が家の食生活は破綻してしまう。
「鶏ひき肉と、ネギ、マイタケと、豆腐を使おう」
真堂がおそるおそる尋ねてきた。
「焼くのね?」
「焼く?」
「焼かないで料理ができるの?」
「他にも調理方法はあるだろ」
「あ、茹でるのね」
「そうだな……なら、煮るか」
「煮る?」
俺は頷いて見せた。
「鶏団子鍋にしよう」
「これで作れるものなの?」
「そりゃもちろん」
懐疑的な真堂の背後で、舞が飛び跳ねた。
「やったー! とりだんごなべー!――プリンかってきた?」
残念ながらプリンはない。
◇
鍋は下ごしらえが大変だが、その後は基本的に煮ればいいだけなので、真堂にも覚えやすいだろう。
手伝いたがった舞には悪いが、控えてもらった。
今日の目的は食べることもそうだが、調理という面にもあるので、真堂を中心に行おう。
舞は真堂の太もも辺りに手を添えた。
「レイちゃん、がんばってね! レイちゃんなら、できるよ! わたしは絵をかいてるからね! プリンのね!」
「指は十本あるわ……! 減らさないように、がんばるから……!」
二人は変な角度のタッチを交わすと、それぞれの持ち場に戻っていった。
「じゃあ、やるか。とりあえず今日は三人分をつくるから、一人のときはこれの三分の一と考えてくれ」
「一人分?」
「そうだよ。レイが自宅で作るときは、ってこと」
「ありえないけど……」
「ありえろよ……」
料理の経験は重ねていけば、他のメニューにも応用がきく。
何回か料理を一緒につくれば、火を使う習慣ができるだろうし、そうすれば食生活も少しは改善するだろう。
奇妙な縁で始まった交友関係だが、なんだか放っておけない食生活を聞いてしまったので、こんなことを企画したというわけだ。
「まあいいさ。調理は慣れてくれば、汎用性もみえてくるから。とにかく、やっていこう――じゃあまず、三人分の……」
「四人分じゃないの?」
「え?」
「お父様の分は?」
「ああ。父親は大抵遅いし……、少なくとも今日は、うちじゃ食わないかな」
「そうなの……? そういえばわたし、まだあなたの御両親にごあい――」
そこまで言って、真堂はハッと目を見開いた。
「ごめんなさい。つまり、お父様、という意味よ」
「いや、いいよ。仏壇みればわかるだろうけど、母さんはもう居ないんだ。だからまあ、両親っていえばうちじゃあ親父だな」
「謝罪すればいいという話ではないわね。わたしはいつもこうだから……知らずに人を攻撃しているの。ごめんなさい」
「攻撃? まさか。そんなこと思ってないよ」
俺は鶏肉のはいったトレイを持った。
真堂は変な感じに黙ったままだ。
まいったな……。
誰も悪くないのに。
そんな風に思った、その時だ。
ふっと、胸のうちの溜まっていた黒色のなにかが口から漏れ出てしまった。
「――最近、父さんも忙しくてなかなか帰ってこれないからさ。じつは色々と困ってたんだ。舞も不安になるし。だから……レイがうちに来てくれたとき、実は……助かったと思ったんだ。なんだか一人じゃない気がした」
彼女を初めて家の前で見た時。
学校では感じたことのなかった、なにかを感じた。
舞が言っていたこと。
母親に似ている――それはあながち間違いではない。
「陣くん……?」
「あ、いや……わるい。だからまあ、レイには感謝してるし、こうして来てもらえて俺も嬉しいんだよ。勝手に助けてもらってんだ、俺は――さ、鍋、つくろうぜ。ちなみに鶏団子は好きか?」
恥ずかしさをごまかすために、俺は首に手を回して、真堂から視線を逸らした。
真堂のまっすぐな声だけが聞こえた。
「……好きです」
「そりゃよかった」
「……嘘じゃない」
「ん?」
「な、鍋がダイスキです。ウソじゃないデス」
なんか今、言葉が不自然じゃなかったか?
俺はふたたび真堂を見た。
「……どうかしたのか?」
「な、なにが? かしら?」
「いや、まさにその言葉の……ていうか、顔が真っ赤だぞ。色が白いから、すぐに赤く見えるんだな」
「そ、そうね。こまった特性だわ」
人それぞれ悩みはあるものだ。
俺の悩みも。
真堂の悩みも。
舞の悩みだって。
水が沸騰して蒸気になって消えてしまうように……、いろんなものに混ざって消えちゃえばいいのにな、なんて思う。
「陣くん」
「どうした?」
真堂はあいかわらず無表情だったが、若干、首が上向きになっている。
まるでオーバーヒートしたロボットみたいな感じだ。
「陣くん、氷水が欲しい。至急よ。このままでは予断を許さないわ」
「お、おう。ちょっとまってろ」
そうして俺たちは調理を開始した。
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