第10話 フクラハギ
放課後。
スーパーのセール品を手にいれた俺は、ほくほくとした気持ちで家路についていた。
「少し遅れちゃったな……」
真堂もケーキだかなんだかの買い物をしてくるはずだから時間に余裕もあるだろうと、俺の行動を伝えずに下校してしまった。
昼休みの別れ際にも『じゃあ今日も謝罪にいくわね』と繰り返していたので、間違いなく真堂はうちにくるはずなんだけど。
「舞に留守番を頼んであるし……、平気だよな……?」
ぽとりぽとりと落ちていく独り言を追い越して、ようやくたどり着いたアパート。
自宅のドアを開けると、玄関には見慣れた小さな靴と、見慣れない茶色のローファーがあった。
ひとつは舞の。
もうひとつは真堂のものだろう。
良かった。
色々とうまくいったようだ。
「あ! お兄ちゃん、おかえりー!」
奥の部屋から舞が飛び出してきた。
なにか言いたそうな雰囲気の真堂もやってくる。
「悩んだのだけど、勝手にお邪魔しているわ……」
「舞がレイちゃんをおマネキしたんだよー! ねー、レイちゃん?」
「ずいぶんと難しい言葉を知っているのね」
「うん! ほめてー!」
「すごいわ。それに比べてわたしは何もできないの……、さっきもわたしは求められたアフリカゾウを詳細に描けなかった……」
「えー! すごいうまかったよ! あと、ゾウの横の猫さんもかわいかったー!」
「あれはライオンよ……ゾウを狙っている獰猛なやつなの……」
「へー! 猫みたいでかわいいねー!」
「百獣の王のプライドも、わたしにかかればイチコロなのね……」
「ストップストップ」
止めなければまた真堂の謝罪が始まってしまう。
家は人が住むからこそ空気が循環する。
人が存在しているからこそ温もりが宿る。
外にはいよいよ始まるらしい梅雨の気配が充満しているが、中にその心配はないようだ。
「それにしても陣くん。ずいぶん遅かったのね。わたし、しばらくドアの前で待ってたのよ……足が疲れちゃった」
「え? まじか。舞が居るから平気かなとも思ったんだけど、ダメだったか……?」
マイは跳ねた。
「マイ、お休みしてたから日直だったんだー! 遅くなってごめんなさい!」
「なるほど、そういうことか……悪かった、レイ。これは俺の判断ミスだ」
俺はきちんとした姿勢を保ってから、レイにしっかりと頭を下げた。
「そ、そこまでしなくてもいいわ! 足もそんなに――」
「――あ、そうか。足、大丈夫か?」
俺は靴を脱ぎ捨てると、買い物袋を置いた。
それから真堂の前にしゃがんで、フクラハギに両手を添える。
雪のように白い肌だが、ほのかに暖かい。
熱を持っている状態ではなさそうだ。
擦り傷ひとつないのだから、俺の伝達ミスごときで痛めてしまったら、謝罪のしようもない。
「張っては……ないな。ほぐすと逆効果かもしれないから、ストレッチで十分じゃないかな。レイはどう思う? 痛みはないよな、多分」
「……はい、……え? なにしてるの……?」
レイは足元を見下ろしたまま微動だにしない。
両手がスカートの端をきゅっと掴んでいるのは、痛みのせいだろうか。
「どうした? 痛むのか?」
「い、いえ、それより……陣くんは、よく人の足をさわるの……?」
「ん? ああ。このマンションの下の階にさ、なんかめちゃくちゃ怪しい整体師が住んでんだよな。でも腕がすごくよくて」
「へ、へえ?」
真堂は足の疲れからか、真っ白な足をモゾモゾとさせていた。
膝のあたりからくる痛みもあるので、半月板の下あたりを指先で触れていく。
「じ、陣くん……?」
「ここが痛いと結構、きちゃってるらしいけど……平気っぽいな――ああ、そうそう、それでその整体師さんに色々聞いてたことがあってさ。なんとなくわかる」
「そ、そうなの」
「ま、素人治療は逆効果っていうし、もしあれなら、下の人に頼んでみるけど。どうする?」
「結構です。陣くん以外なら犯罪よ」
「……?」
手を離すと、真堂は飛び退いた。
罠を外された野生動物みたいだった。
「それだけ動ければ平気だな……っと、じゃあ改めて、ごめん。許してくれたら助か――」
「ゆるします! ゆるします!」
「お、おう。元気になってよかったよ」
「~~~!」
「レイ、熱あるのか?」
「しらないっ」
まるで許してはくれないような勢いで、俺は許されたらしい。
ま、謝罪は胃袋を満たす形で行えばいいか――俺はスーパーの袋をこれ見よがしに掲げた。
「じゃあ、これから飯を作ろうぜ」
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