第12話 ヘリコプター

 タンスから古いエプロンをひっぱりだしてきた。


「これ、予備のエプロン。お古だけど、洗ってあるから。制服汚すよりはマシだと思う」

「き、緊張するわ……これを身に付けたら始まってしまうのね……」

「戦場に行くわけじゃあるまいし」

「刃物、油、鈍器があれば、戦場みたいなものでしょう……!」

「わかった、わかった」


 鈍器なんてないだろ……。

 あ、すりこぎ棒を握りしめているぞ。

 使わないから回収だ。


 さて。


 こうして始まった料理風景を、ざっと紹介していこう。


   ◇

 

 まず、鶏団子鍋に必須のひき肉はあらかじめ手でこねておく。

 真堂は四苦八苦しながら手をうごしていた。


「わたしはいま命のありがたさを感じながら、肉を握りつぶしているわ……」

「胸が苦しくなるから」


 命に感謝だ。


 つぎに長ネギ。

 白い部分は適当な大きさに切ってボウルへ。

 上の緑の部分はみじん切りにして、フライパンへ入れておく。


「みじん切りって手の性能の限界を越えていく感じよね……?」

「どんな手法だと思ってんだ」


 つぎに、まいたけ。

 ほかの市販のキノコにくらべて、石突がついてないし、包丁もいらない。

 真堂は指先でつまむようにして、さいていく。


「これが、人間なら拷問ね……股から割いて……」

「やめなさい」


 マイタケは昔、幻のきのこといわれたぐらい希少で、見つけた人が舞うほどだったのでマイタケと呼ばれたらしい。

 ちなみにセールで、税込80円。

 進歩に感謝だ。


 さらに少しだけ分けておいたマイタケをみじん切りにして、これもフライパンへ。

 先に入れておいたネギといっしょにごま油と塩コショウでじっくりと炒める。


「これが地獄なら……なんだかとっても良い匂いね」

「だろ?」


 それらに焦げ目がついたら、こねておいた挽肉のボウルへ投入。

 ジュッと音がなり、ごま油の香ばしい匂いが室内に満ちる。


 そこに卵、醤油、塩コショウ、料理酒、しょうが、ごま油、パン粉もしくは片栗粉を適量。


「レイ。つなぎは片栗粉でもいいんだけど、今日はかさを増したいからパン粉にしよう」

「食パンかしら」

「むしるところから始めるのか……?」


 手が汚れていたので、アゴで棚の上を指し示した。


「そこにあるんだけど、届くか?」

「とるわ。どこ?」

「助かる。そこの、……そう、その棚の二段目だ」

「えっと……ああ、これね……、なんとか、とれそうよ……んー」


 真堂はリョウと同じか、少し小さいぐらいの背丈だ。

 棚の上には手が届きそうで届かないような、絶妙な身長だった。


 いや、訂正。

 物をとるのは無理だな。


「ちょっと待ってくれ。無理しなくていいぞ。いま手をあらうから俺が」

「いいの、これぐらいなら、わたしにも出来――あっ!」


 爪先を立てて上の棚に手を伸ばしていた真堂。

 パン粉に指先がひっかかった瞬間――体のバランスが後方に崩れた。


「危ない!」

「――っ!?」


 俺はとっさに真堂に近づくと、抱えるようにして受け止め――ふんばる。

 真堂の体は僅かに宙に浮き、俺に背を預ける形で固定された。


「大丈夫か?」


 どこからか柔らかな香りがする。

 それが真堂のくるみ色の髪から香ってくるものだと理解するのに時間はかからなかった。


「は、はい」


 こくこくこくこく――うなずく真堂は無言のまま、落下しかけたパン粉を掲げるのみ。

 粉塵による大惨事は避けられた。


 とりあえず抱えたまま、話を続ける。


「悪かったな、無理させて」

「え、ええ、でもセーフよね……いえ、これはセーフなのっ?」

「セーフだろ。怪我がなければだけど」

「ツボなら割れてアウトだったけど……あのっ」

「安心してくれ、うちにツボはない」

「それなら安心ね……じゃないわ。あの……じ、陣くん……っ」

「ん?」

「ご、ごめんなさい。陣くん、わたしの不注意は、謝ります……から、その、さっきから耳元で囁くのは……」

「え? あ、すまん。怪我はないか? 下ろしても平気かな」

「ないから! ないから、はやく、解放してください!」

「いやまて、あばれるなって! ゆっくり下ろすから、待てって!」


 まるで腕から逃げようとする野良猫だ。

 小さい頃俺はよく、それで怪我をした。

 最近なくなったが、まさか同級生で再現されるとは。


 それにしても真堂って、顔色も変わりやすいし、焦ってるはずだし、語調も抑揚あるのに表情の変化だけは微小だよな。


 この体制だと顔が見えないが……、もしかして今なら慌てる顔が見れるのだろうか。


 なんだか、疲れはてた猫みたいにぐったりしてるし、顔を見てみるか?


 俺は背後から、覗きこもうとした。


「――っ! こ、こら!」


 猫のような真堂は、身の危険を感じたらしい。

 頭を俺の鼻がしらにむけて、器用にスイング――見事にダイレクトヒット。


「いてえ!? 鼻が!」

「じゅ、順番は守りなさいっ!」

「順番!?」

「順番は順番よっ!」


 ぐったりモードはどこへやら、再び暴れ猫モードへ。

 自分でやっといてなんだけど、なんなんだこの状況は。

 

 その時である。


「どーしたのー?」


 バタつく中で、ガラリ、と引き戸を開く音がした。

 舞だ。


「おにーちゃん、レイちゃん? なんで抱っこしてるのー? ヘリコプターするの?」


 ヘリコプターとは、舞の脇をもったままぐるぐると周り、遠心力で浮上する対子供向けの人力アトラクションである。


「いや、これはだな――」


 説明しながら真堂をおろす。

 真堂はあいかわらず耳まで赤くさせながら叫んだ。


「キッチンは戦場なのよ、マイちゃん! 遊びじゃないの……!」

「おお、レイちゃん、かっこいー!」

「ごめんなさい……、嘘かもしれないわ……、他人から見たら遊んでいたのかも……」

「レイちゃん、気にしちゃだめだよ! だいじなのは、じぶんのきもち!」

「哲学的ね……」

「ぷりぷり探偵が言ってたよー――ねー、おにーちゃん、おなかすいたー」

「だよな。すまん。もう少し待っててくれ――ほら、レイ。今度はこれ、こねてくれ」

「……はい、わかりました……って、陣くんのせいでしょう!? あ、いえ、わたしのせいでもあるけれど……」


 なぜか、しょぼんとしている風に見えるがやはり無表情の真堂。

 その白い手がボウルの中を均一にまぜて――タネができる。


 あとは料理酒と水を一対一程度で混ぜて、煮れば完成だ。


 ――それから少しのあと。


「よし、完成だ」

「すごいわ陣くん、天才よ――でもこれ、わたしに食べる権利はあるのかしら……?」

「当たり前だ、いまから食べようぜ。暗くなっても送っていくから、安心してくれ」

「ええ、ありがとう――え? 暗くなったら、送ってくれるの……?」

「おう? 任せてくれ」

「……一体、どれくらいの視認度をもって暗いと表現するのかしら……人の目が一般に暗さを感じるのは……」


 独り言を話し始めた真堂の気持ちは、よくわからないけども――そんな感じで夕食開始となった。



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