シンデレラは探さない。

天道 源

シンデレラは探さない。

第1話 プロローグ

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●はじめに

Web、書籍、漫画ではそれぞれ収録内容が異なります。ご注意下さい。


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 空から誰かに見下ろされている気分だった。


 日曜日。

 市内の高校は当然お休みで、俺、『荒木 陣(あらき じん)』は部活にも入っていない為、当然、高校へ行く理由もない。


 こういう時こそ、家事日和である。休日はセール品も多い。

 タイムセールとの合わせ技を狙って、スーパーにお買い得品を求めに出た、その帰り道。

 今年無事に小学校に進学した妹と一緒に駅の南側を歩いていた。


 もやし、鶏の胸肉、長期保存のできる野菜の数々と、各種調味料……戦果は十分だといえる。


「わあ!」


 妹の『舞(まい)』が感嘆したのは、50階建てのタワーマンションを間近で見たからだ。

 先月の終わりにやっと完成したらしく、今は入居者の引っ越しラッシュ。夕刻を超えても、マンション周辺には引っ越し業者のトラックが列をなしていた。


「近くで見るとすっごいおおきいねー! お兄ちゃん! すごーい!」

「そうだな……、見上げると首がイてえ。住んでるやつの気が知れないな」


 総人口約60万人。

 東京都の中核市『姫八市(ひめはちし)』。


 緑も多く残る市の中心に位置する駅に、隣接するかたちで建てられたマンションは確かに便利だろう。

 だが、どうにも人が住む場所のようには思えなかった。


 まあ、オンボロアパートに住む俺のひがみみてーなもんだろうけど……、でも空高く伸びる建物の無機質さは寒々しく、少なくとも俺は住みたいとは思わない。

 もちろん数億円の金もないんだけど。


「お兄ちゃん、高いところこわいもんねー!」

「……はい」


 まあ、理由なんて人それぞれ。

 境遇だって人それぞれ。

 このマンションに住む人間にだって、色々と事情はあるのだろう。


 遠くから膜につつまれたようにぼんやりと、電車の発車ベルとアナウンスが聞こえてきた。

 姫八駅周辺は、都心から他県までをも繋ぐ線路によって、北と南に土地が二分されている。


 発展しているのは主に北口のほうだ。

 アパートに住むご老人の話によると、北側は戦時中の空襲によってすべてが焼けてしまった為、再開発が急速に進んだらしい。

 その全てはコンクリート造りの商業・ビジネスビルで、少し歩かねば人の住まいも見つからない。


 対して俺の住むオンボロアパートもある南口は、やっとのことでタワーマンションなんかが出来始めてはいるが、まだまだ昔ながらの家屋がビルの間にひっそりと建っているような状態だ。

 俺が小学生のころは小さな畑を手放さない爺ちゃんなんかもいた。

 ようするに空襲による被害を免れた結果というわけである。


 まあ、それが開発遅延の本当の理由かどうかなんて俺にはわからねーけど。

 実際に確かめてみるまでは、真実なんて分からないものだろ?


 舞に夜な夜なせがまれて読む絵本だって、いつも単純明快な設定だ。

 王子は姫を救い、怪物は退治される。


 でも本当は王子様が悪者かもしれないし。

 本当は怪物がお姫様を救うかもしれない。


 ……なわけ、ねーか。


「いちばん上は、どんな人が住んでるんだろーねー? 大きいから、お城みたいだよね!」


 すでにマンションの前は過ぎていたが、舞は体をひねってまでタワーマンションを見上げていた。


「おい、転ぶだろ。危ないから、前を見ろ」

「……お城みたいだよね!」

「わかった、わかった」


 こいつは昔から母親が居ないため、親父と俺の男二人組に育てられた。そのせいか、女の子成分を構成する情報に飢えているのかもしれない。

 

 それにしてもお城というには少し無機質すぎやしないだろうか。

 いや、おとぎ話だとお姫様が幽閉されていることもあるし、そう考えれば確かにこの建物は人を閉じ込めているようにも見える。


 俺は『ほら、はやくいくぞ』と促しながらも、舞を満足させるように話に付き合ってやった。俺にはそれぐらいしか出来ないからだ。


「まあ、本当にコレがお城なら……、最上階に住んでるのはお姫様なんじゃないか?」

「あ、そっかあ! お城だもんね!」

「ああ。お城にはお姫様と王子様が居るんだろ」

「じゃあ王子様もここにいるの?」

「どうだろうな。俺にはわからん」

「でもマイは、王子様よりお姫様に会いたいなあ。マイ、ここ入ってみたいなあ……? お兄ちゃんは? お姫様に会いたい?」

「ほら。その前にまずは、家で夕飯だろ」

「うん……」


 強めに引っ張る手。すこしの罪悪感。

 舞の気持ちは分かる……が、俺達はお城には入れない。

 それが生まれた時に決まったのか、その後の自分たちの行為のせいなのかは知らないが、俺は王子様にはなれないし、舞はお姫様にはなれない。

 かぼちゃは馬車にならないし、魔女は助けにきてくれない。


 夢を見るくらいなら、最初から関わらないほうが良い。

これは俺の持論の一つだ。


「お姫様……、会いたいなあ……」


 ぽつりとつぶやいた舞の言葉に、適当なあいずちをうちながら、『やっかいなことになったなあ』と思う。


 このマンション。

 さすが50階建てというだけあって、どんな天候のときだろうともアパート二階の自室から拝みたい放題なのだ。


 だからきっとこの話は家に帰ってからも続くし、明日だって終わらないし、なんならマンションが崩壊しない限りは一生続くのだと思う。

 ……もしくは舞が現実を知るときまで、か。


 お姫様の住むタワーマンションを、俺は妹の手をひきながら見上げた。


 そして思う――。


 俺たちには関係ないモノで、俺たちの生活をかき乱さないで欲しいもんだ。

 なあ、お姫様。


 なんて。


   ◇


 だが、それは少し違ったのだ。


 たしかにタワーマンションの最上階にお姫様は住んでいた。

 しかし俺たちには……、ひいては俺に関係がないなんてことは、まったくなかったのだ。


 世の中は俺が思うほど、単純ではなかった。

 怪物だって人を救うし。

 それがお姫様ならおとぎ話が出来上がる。


 だれが怪物で、だれがお姫様かだって?

 それが気になるなら、まあ、少しだけ話を聞いてもらないだろうか。


 無意識のうちに人生に愛を求めていた俺へ、それを存分に与えてくれた存在――いや、お互いに与え合ったお姫様。


『真堂 礼(しんどう れい)』との間に生まれた物語を、おとぎ話ではなく、現実の話として、聞いてもらえないだろうか。


 話は――マンションの引っ越しラッシュも落ち着いた、数か月後へと進む。

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