第81話 狼少年8

 靴下を探すようにのぞいたベンチの下――視界に現れたのは、スーパーの袋だった。


「……なにこれ」


 手を伸ばせば簡単に手の届く距離。

 むしろさっきまでこの上に座っていた。

 見慣れているはずの街の大通りから、一本外れた道を歩いただけで、とたんに別の世界に見えてくるような、そんな感覚。

 

 見慣れたスーパーマーケットの袋。

 座り慣れたベンチ。

 その下の別世界に、わたしは息を飲んだ。


 おそるおそる袋を手に取る。

 虫かごが入っているような大きさだ。

 持ち上げてみるが、軽い。

 虫が出てくることを恐れながら、わたしはレジ袋の中身を確認した。


「……?」


 袋を覗き込みながら、首を捻る。

 袋に入っていたのは……なんて説明すればよいのか思いつかないのだけれど――ポスターをくるくると丸めたような形状の、厚手の布だった。


 取り出して、いろいろな角度から見てみた。

 どこからどうみても丸めた布だ。

 この生地はなんていうのだろうか。フェルトだっけ……いや、でもなんか違うな。わたしは裁縫をしないから分からないけれど、丈夫そう。でも、取り付けられたビリビリテープのおかげできっちりと止まっているようだった。


「ん……」


 ずさんに持っていたレジ袋のなかからがさりと、紙が落ちてきた。

 拾い上げると、男の子らしい文字で「説明書」と書いてある。

 どういうことだ……、と紙を開く。

 

 目を走らせる。

 私は再び息をのんだ。


 ――その日からわたしに対する自然現象は消えた。


   ◇


「え、まさかそれって」

「うん」


 ミカはわたしの話を聞いて、思い至ったようだ。


「あのボロ雑巾って、荒木陣作なわけ? 部活のときに使ってるやつ?」

「だから雑巾じゃないって……」

「いや、だって、センス悪すぎでしょ……茶色で、汚らしいし……」

「機能性重視なんだよ。素敵だと思うな」

「いや、最近のは機能性もデザイン性も兼ね備えているものがあるし」

「機能性が200点なんだよ」

「どれだけ前向きなの……」


 ミカの言っている雑巾というのは、わたしが部活でも大会のときでも使っている持ち物ホルダーのことだ。

 持ち物ホルダーというのは、わたしが勝手に名付けているだけで、荒木くんの説明書には名前は書いてなかった。


 色はミカのいうとおり茶色。

 くるくると丸めて使う布製のものだ。

 ビリビリテープでとめてあって、それを外すと、くるっと開く。

 開いた大きさはA4ノートを開いたより少し横に長い。


 大小様々なポケットや、びりびりのついた布の帯が縫い付けてあったり、紐がついていたりする。

 それは、説明書きによれば、持ち物入れということになる。


 たとえばポケットには靴下などを入れておける。

 布でつくった帯にはペットボトルをつけられる。

 垂れた紐の先には靴をくくりつけられるし、倉庫の鍵なんかを入れておく小物入れもある。

 それらをくるくると丸めると、コンパクトになる。ペットボトルの周りにタオルを何重かに巻いたくらいだろうか。

 で、最後に上につけられたフック付きの帯をつかうと、そこら中にぶらさげたりすることがでできるところか、バッグを一緒にかけることもできる。

 

 ようするにその布一つで、持ち物すべてをひとまとめにできるという代物なのだ。


 そんな感じでわたしが説明すると、ミカは初めて持ち物ホルダーを見た時と同じ表情を浮かべた。


「いや、袋に入れておいておけばいいじゃん……」

「まあ、そうなんだけど」


 たしかにそうなのだ。

 袋一つ用意して、ものをまとめておけば確かに良いのだ。

 わざわざそんなものを使わなくても、持ち物はホールドできる。


 しかし、これはそういう話じゃない。


「でも、一晩でそれを用意してくれたんだよ? すごい無駄な発明品なのに、どこからそんなものを作る熱意が出てくるんだろうって不思議になって。それにわたしとなんて、数分話しただけの仲なのにさ。助けてくれる理由もわからないし」

「……それで、好きになったと」


 げんなりとしているミカにわたしは頷いた。


「……うん」

「はあ……完全に恋する乙女の顔だよ……」

「う、うるさいなあ」


 乙女だっていいじゃないか。

 わたしだってそういうお姫様とかに憧れていたときもある。

 もちろん、わたしはシンデレラではないかったけれど。


「ま、そういうユウキが好きなんだけどね」

「そう? ありがと、ミカ。わたしもそんなミカが大好きだよ」

「はい」

「なんでそこで真顔になるのかなあ……」

「はい」

「わけがわからないよ」


 これがわたしと荒木くんの出会いの話。

 これだけしか存在しない、わたしだけの物語。

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