第14話 フツー
次の授業が始まる前にトイレに行こうと廊下を歩いていると、リョウに声を掛けられた。
「おいー、陣! いいとこに居た!」
「ん? どうかしたのか」
「教科書かせ?」
「……わかった。トイレいくから待ってろ」
いつもどおり説教をされるだろうと踏んでいたのだろう。
リョウは怪訝そうな顔をした。
「陣、熱あんの?」
「やっぱ貸さない」
「あ、よかった、普通だった」
ちょっと優しくすれば、これだ。
まあ確かにさっきの反応は、俺たちにしてみれば突発的過ぎたか。
リョウもトイレに行くらしい。
並んで歩きながら俺の顔をまじまじと見た。
「陣……。余命でも宣告されたのか?」
「お前は本当に良いやつだな――まあ、すこし真堂を見習って、人付き合いってやつを見直してみようと思ったんだ」
「あ、やっと気がついたか? 自分が空気だってこと」
朝の風景を、思い出す。
皆が真堂を見て元気に挨拶。
それから俺に視線を向けて、五分の一の確率で会釈。
「……気がついたかもしれない」
「それはすげーな。やっぱ人間、出会いと経験だな!」
それにしても、とリョウは続けた。
「なぜシンデレラを基準値にした……? 生まれのレベルから違うし、憧憬だってあんだぞ……?」
「わかってるよ。ただ、俺が思ってたより友達が居たことが意外だったから」
「はぁ?」
リョウは訳が分からないというように首をひねっていたが、じきに『ああ、なるほど』と納得した。
「あれだわ。お前のシンデレラに対する印象は、入学したてのころのやつだろ。もう一年以上前じゃねーか」
「そうなのか?」
トイレに到着。
二人並んで話を続ける。
こういう時、男は便利だ。
「オレも詳しくねーけど、入学当時の真堂礼は、寄る人を無視して、寄らずとも人を無視して、まあとにかく無駄な付き合いをしないご令嬢って感じだったらしい」
「へえ。なんか今の印象とは大分違うな」
正直、今の真堂にはそこはかとなく、アホの子の要素がある気がする。
本人に言ったら無言でパンチされそうだけど。
「なんか、いつからか少しずつ変わってきたって話だな。なにがあったか知らねーけど、その頃から陣とは違う道を歩んでるってこった」
「どういう意味だよ」
「お前が一番分かってるから、こんな話になってんだろーが。それにしてもお前が、友達で悩むとは……いやはや、青春だねー」
手を洗いながら、わはは、と大口をあけてリョウが笑う。
なんだかムカついたので乾いた固形石鹸を突っ込んでやった。
「死ぬわ!!」
「大袈裟な」
「それが加害者のセリフですか!?」
お詫びに教科書を貸してやったのでチャラにしてもらった。
どうも俺は、リョウ相手だと自由人になってしまう。
気心が知れてるからかな? 信頼感があるからか?――そこまで考えて、もしかしたら真堂もそんな感じなのかな、なんて考えた。
◇
その日の帰り。
真堂に呼び止められて、電話番号とチャットアプリのIDを交換した。
「そういえば交換してなかったな」
「ええ。これでいつでも謝罪にいけるわ」
「はぁ? 謝罪することなんてもうないだろ」
「あ、あるわ! ないと困る!」
「なんで?」
「……あとで、連絡します」
「あ、おい! ちょっと――」
引き留めるまもなく真堂は走り去った。
その先に2名の女子生徒が待機しており、真堂のことを受け入れると、こちらに会釈をしたり手を振ったりして去っていった。
まるで普通の学生みたいだが、もちろん真堂は普通の学生だ。
「普通じゃないのは俺か……」
そもそも普通の高校生ってなんだよ。
よくわからねーぞと、頭をかいているとスマホが鳴動した。
チャットアプリが、メッセージを受信したらしい。
画面を見る。
真堂からだった。
『お母様にお線香をあげてなかったと気がつきました。謝罪がてら行ってもいいですか』
さっき面と向かって言えば良かったのに。
その心を良く分からないまま、俺はすぐに返信を返した。
『謝罪しないなら、来てもよし。来たいなら、来たいと言えばいいだろ? レイは悪いことなんてしてない』
一瞬で既読マーク。
すぐさま返事が返ってきた。
『行きたあ』
どう考えても打ち間違い。
即座に次の言葉が並ぶ。
『行きたい』
「焦りすぎだろ」
思わず笑ってしまう。
不思議なやつだ。
無表情かと思えば、ずいぶんと色々と感じていたり。
孤高のヒロインかと思えば、俺のほうが付き合いの悪い高校生だったり。
普通だと思ってた俺がボッチで、普通じゃないと思ってたお嬢様が普通に友達が居て。
「普通ってなんだろうな……?」
ほんと、わからないけども。
少なくとも、真堂は今日も我が家にくるらしいということは確定みたいだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます