第15話 ゴンドラ
土曜日にしては人通りの少ない夜道を三人で歩いている。
俺、真堂、そして俺の背中で眠る舞。
我が妹は相当はしゃいだあげく、真堂を送る最中に数秒で睡眠に入ってしまった。
母親に線香をあげにきてくれた真堂が、いたわるような声を出した。
「舞ちゃんに悪かったかしら……すぐそこなのだし、送ってもらわなくてもよかったと反省しているわ」
スマートフォンで調べてみたのだが、我が家のアパートと、真堂の住むタワーマンションとの距離はたったの400メートルしか離れていなかった。
徒歩にして数分だ。
「気にしないでくれ。さすがにレイを一人で送り出せないし、かといって舞を一人で留守番もさせられないしな」
真堂はこちらを見ることなく言った。
「……ありがとう」
「おう。とはいえ出発して数十秒でオンブと睡眠のコンボがくるとは思わなかったけどな」
ずり落ちてきた舞を背負い直す。
『はんにんは、プリン……』と寝言が聞こえる。
真堂は舞の背中に手を当てたようだ。
「見送りのことじゃなくて、お母様に手を合わさせてくれたことよ」
「ん? それって、こっちが礼を言うもんだろ?――ああ、そう考えると、礼がまだだったな。ありがとな」
「……舞ちゃん、大丈夫かしら」
「なにが?」
「お母様のご位牌に私が手を合わせたら……、本当にお母様がこの世にはいないということを再認識しなきゃいけないでしょう? それが少しだけ怖かったの」
「……難しい話をするんだな」
と言いつつも、俺は真堂のいわんとすることが、なんとなくだが分かっていた。
俺も母親が死んでからしばらくは、どっか遠い場所で、母親が生きている気がしていたものだ。
「ま、平気だよ。昔のことだし、舞も成長した」
「成長、ね――」
真堂は抑揚のついた声音と共に、俺を下から見上げた。
「女の子は何歳になっても、白馬に乗った王子様が迎えに来てくれるって信じているものなのよ?」
「ふむ……、まさかレイもか?」
真顔で真堂が手をつきだした。
「パンチっ」
「いてえ」
本当は痛くなんてなかったんだけど。
「失礼ね。わたしだって、女の子なの」
「知ってるよ。俺の失言だ――それにしても、王子様か。どこにいるんだろうな」
そう言いつつ思う。
タワーマンションの最上階に住むお姫様は確かに居た。
舞は少なくともそう信じてる。
俺からすればそのお姫様はすこし身近に感じられる同級生だったけど。
「陣くん、顔が緩んでるわ」
「そうか? 気のせいだろ」
「悪意を感じる」
「そうか? 気のせいだろ」
「もうっ」
不思議なことに、ほとんど表情が動かないのに感情はダイレクトに伝わってくる。
きっと声の抑揚がはっきりしているからなのだろう。
「きっと王子様はいるわ。少なくとも、わたしはそれを知っているの」
「へえ。そりゃ幸運なことだな」
「幸運?」
「だって皆が皆、王子様に出会えるわけでもないんじゃないか?」
「そうね……たしかに、そうかも」
でも、と真堂は付け足した。
「シンデレラは自分から王子様を見つけに行かないのよ。探されるまで、じっと待っているの」
「そんな話だったっけか」
「原典含めていろいろな話があるみたいだけれど」
「なんで言い出さないんだろうな? 主張すればいいのに」
「主張って……陣くん、夢がないわ」
「夢がない」
まじか。
舞にも言われたことあるぞ……。
俺の密かなるショックをよそに、真堂は続けた。
「仮にシンデレラじゃなくても、その気持ち、分かる気がするわ。シンデレラストーリーって言葉、知ってるでしょう?」
「その心は?」
「きっと怖かったのよ。色々なことが急に変わってしまうことがね」
「じゃあレイも怖いのか?」
真堂は思いのほか、力強い言葉を残した。
「ええ、怖いわ――でもわたしは、待ってるだけじゃ我慢できなくなったしまったみたい。だから怖いけど……探してみることにしたわ」
「そうか。色々と成就するといいな。いや、成就するさ、レイなら間違いない」
真堂はあきらかに動揺した。
「な、なぜ? なぜ、陣くんにそんなことがわかるの?」
「母さんが言ってたから。男女問わず、心が綺麗で顔も綺麗な人間には、世界を動かす力が宿るって」
「世界は動かせなくてもいいのだけれど……」
どこか呆れたような真堂だったが、ぱっと画面が切り替わるように首を傾けた。
「でもそうね。世界を動かせるなら、素敵ね。そしたら、うちのマンションと陣くんのアパートをカボチャのゴンドラで繋ぐわ」
「そりゃ舞が喜ぶよ。ぜひ頼む」
「じ、陣くんは?」
「ん?」
「陣くんは喜ぶ?」
「そうだな。レイと一緒のゴンドラ暮らしも楽しそうだ」
「……っ! そ、そうね! 考えておくわ!」
いや、さすがにゴンドラは無理だろう――なんて野暮なことはさすがに言わない。
真堂が楽しそうだしな。
水をさすのはやめておこう。
そうしてマンションの前。
名残惜しそうに真堂は手を振った。
残念ながら舞は起きなかった。
「じゃあ、陣くん。また明日……」
「あ、悪い。日曜日は用事があって無理なんだ」
真堂はとっさに首をふったらしい。
風を切るおとが聞こえてきそうだ。
「あ、わたし、違うの! そういう意味で言ったんじゃなくて……!」
「でも、そうだな。夕飯、一緒にどうだ? どうせレイは買い食いだろ」
「言い方はあれだけど、反論はできないわ……」
「じゃあ明日、夕飯を一緒に食おう」
「……いいのかしら」
「今さらだろ」
「う、うん。いまさらね」
俺は片手をあげた。
何気なく一言。
「じゃあな、レイ。俺も頑張ってみるよ」
「なにを頑張るのかしら」
「レイを見習って、学校で友達つくるぞ」
「ふふ……、ならわたしも協力するわ。きっと陣くんなら人気者に――」
そこまで言って、真堂はじっと黙った。
「レイ?」
「やっぱ協力するのやめるわ」
「なんで!?」
「ないしょっ」
そうしてお姫様は、一人でお空に帰っていきましたとさ。めでたしめでたし――絵本ならそんなところだろう。
真堂はマンションのエントランスの奥へと消えた。
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