第46話 出発(β)

 アタシはスマホを手に取って、先輩に連絡をした。

 誰かに会って、話をしたい。

 なんだか分かりそうで分からないこの状況を整理したい。


 時刻は七時半。

 まだ時間はある。


『先輩、少し、会えませんか……?』


 数コールで出てくれた先輩にそう尋ねると――真堂先輩は、アタシの突然の要望に、なんでも風に答えてくれた。


『ええ、いいわよ。あの屋上、夜も見てみたいって思ったの』

『じゃあ、駅ビルの屋上で……一時間後でいいですか』

『ええ。ちょうどいいわ。陣くんに送ってもらうから』


 真堂先輩はまるで、荒木先輩と旅行にでも行くような雰囲気で言った。


   ◇


 出かけることを家の誰かに話す気は起きなかった。

 トートバックに必要なものを投げ入れる。服は動きやすさ重視。

 アタシはお父さんにチャットアプリで一方的に連絡を入れて、外出――しようと玄関で靴を履いていたら、声がかかった。


「お姉ちゃん」

「……エニシくん?」


 そこに居たのはエニシくんだった。

 どうやらアタシの足音に反応して部屋から出てきたみたいだったが、その腕の中に一冊の本が抱きかかえられていた。


「お姉ちゃん、出かけるの?」

「……うん。少し風にあたりたくて」

「じゃあ、これ、持って行って」

「本?」


 エニシくんは抱えていた本を差し出してきた。

 それは中くらいの百科事典に見えたが、エニシくんの言葉で正体を知った。


「ううん。これ、アルバムだよ。印刷された写真を挟んであるんだ。昔のやつ」

「ああ、おばあちゃん家で見たことあるよ。べたべたしてるやつの上にフィルムがあるやつでしょ」


 なんだろうか。

 エニシくんと話していると、どこか心が落ち着いてきた。

 アタシは本……じゃなかった。アルバムを受け取った。

バンドが付いていて、それを外さないと見れないようだった。

立ちながら外すとばらけてしまうかもしれない。アタシは丁寧にトートバックに入れた。


「時間あるから、見てみるよ――それにしても誰のアルバムなの?」

「見ればわかるから」


 エニシくんの言葉はどこか緊張しているように聞こえた。

 もしかすると今の状況に思うところがあるのかもしれない。

 正直、アタシは分からないことだらけだけど、原因を作ってしまったのはアタシなのかも。

 そして、エニシくんはそれに関係はない。

 一番、なにか言いたいのはエニシくんでは?――気がついた瞬間、言葉を失った。


「……あの、ごめんね、エニシくん」

「ううん。ボク、こうしたかったから、こうしたんだ」

「そうなの……?」

「うん。これはボクがこうしたいって心で感じたことだから。だから――お姉ちゃんの責任じゃないよ」


 見送ってくれたエニシくんはそう言うと、とても素敵な笑みを浮かべてくれた。

 まるで決意した青年のような、精悍さをたたえているように見えたのは、アタシの考え過ぎだろうか。

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