第60話 H(眠り姫サイド)

 夜になる。

 私は目をつむる。

 けれど眠ることは出来ない。


   ◇


 アラキジン。

 彼の名を口にするたび、昔の気持ちが甦る。


 なぜ、風紀委員に注意をされてまで学園内の修理をするのだろうか――本人に聞いたって、答えは返ってこなかった。


『修理をしたいんだよな。誰かの為になるし……と信じたいし』


 彼はそう言って笑った。


 正直なところ、彼は周りから浮いていた。

いじめられている訳じゃあないけれど、バカにされている気はした。



 それでも彼は修理をやめなかった。

 自分の意思で、自分のやりたいことを決めて、前へ進んでいた。


 周囲の目や、世間の決まりを気にして生きている私とは全く別の存在だ。


『あんた、悩みとかないの?』


 ある日、そんなことを尋ねたことがあったっけ。

 そしたら彼はどこか遠い目をして言った。


『悩んでられる余裕はないかもな』


 彼は何を悩みたいのだろうか。


 私の悩みを知ったら、彼は同じくらい悩んでくれるだろうか――そして、なぜ、私はこんな夜の彼のことを思い出すのだろうか。


 答えは簡単だ。


 私は明日、彼と話すことができる。

 そんな可能性に、ドキドキしているだけなのだ。


 でも、私は自分のお城から外に出ることができない。

 門扉は固く閉じ――夢をみることすら叶わなかった。


「明日、アラキジンと話すことができる……」


 当たり前の現実。

 でも今の私には夢のような約束だった。

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