第5話 謝罪にきていい?
畳の上にお盆を置くと、俺は身ぶり手振りを交えて事情説明――いや、無実の証明を始めた。
こんなに単純な話なのに、偶然の一致がからむと、途端に複雑な話になるから不思議だ。
真堂は俺の話を聞きながら、
『……ええ』
『……それで?』
『……ほんと?』
と、少しずつ態度を軟化していく。
そして、その横で舞が、
『それは事件だ!』
『犯人はいったい……』
『お兄ちゃんだったのー!』
などと、教育テレビで大人気の『ぷりぷり探偵』の真似をするもんだから室内は混沌と化していた。
――数分後。
プリンを皆で食べる中、真堂がわずかに目を伏せた。
「わたしの早とちりだったのね……、ごめんなさい……。許してくれとはいわないわ」
命を懸けた戦いの敗者みたいなことを言い始めたので、俺は首をふる。
「いや、俺も本当に驚いたから、お互い様だ」
なにがお互い様かは不明だが、驚いたのは事実だ。
まさか、真堂が本当に50階に住んでいるなんて思わなかった。
適当に話していただけなのに、こんな偶然もあるものなのか。
舞の表情は常に笑顔。
頭の上には終始『?マーク』が浮かんでいたが、プリンのまえに全てが吹っ飛んだようだ。
必死にカラメルソースと戦って無言である。
ストッパーがいないもんだから、真堂もなかなか止まらない。
「また、なにか謝罪の品を持参するわ……」
「いや、まじでいらねーから」
「でも、わたし、気が利かないから……」
「これだけの手土産で、それはないだろ」
「……そう?」
「ああ」
こんな会話を、プリンを一口分すくうごとに口にするから、なかなか食べきらない。
そのうち、舞はプリンをたいらげてしまった。
口の回りを汚したまま画用紙を畳の上におき、その手前にうつ伏せになった。
「こら、舞。学校やすんだんだから、寝なさい」
「えー! 熱、さがったよー!」
「だめ。また夜にあがるから」
「だって、今日、楽しかったから……いまじゃないと忘れちゃうよ」
しょぼんとする、舞の衝動はわかる。
こいつは楽しかったことは、常に絵に書き起こして、大事にしまっているのだ。
俺が言葉を選んでいる沈黙を、どう捉えたのだろうか――真堂は無表情のまま、舞に言った。
「明日も謝罪にくるわ。ケーキをもってこようと思うの」
「え! ほんとー!」
「ええ……、わたしはとんだ勘違い人間だったから……」
どれだけ落ち込んでんだよ。
なんだか無表情なだけで、実際の真堂は感情豊かなのかもしれない。
思わず笑ってしまう。
舞と真堂。なんだか子供が二人いるみたいだ。
「いまの笑いに、悪意を感じるわ」
「いや、そんなことはない。ただ可愛いところもあるんだなって思っただけだ」
「……?」
会話が止まる。
舞が手をあげた。
「お兄ちゃんのうそつきー! レイちゃんのこと、かわいいじゃなくて、キレーっていってたのにー!」
「……そんなこといったかな」
「きのう! お姫様みたいっていってたでしょ! おかーさんに少しにてるって話したでしょ!」
「いやー、そうだっか?」
この話はやめよう。
なんだか危険な香りがする。
ふと真堂を見る。
プリンをすくう手が止まっている。
しかしすくったプリンはプルプルと震えていた。
「しん――レイ、だ、大丈夫か?」
「え?……ええ、理解不能だけど、問題はないわ」
なんだその機械的な返しは。
舞が顔をのぞきこむ。
「レイちゃん、風邪ひいた! お顔、まっかだ!」
「い、いえ、そうじゃないわ。そ、うね……つまり辛いの。辛かったのよ」
「……プリン、あまいよね?」
「そういう時もあるの」
「ほんと……?」
「ごめんなさい。嘘をついたわ……わたし、明日も謝罪をしにくるから……」
「みんなで食べると、プリンも甘くなるのかな?」
「皆で食べることがないから知らないわ……」
「……? いま、たべてるよ?」
「そ、そうね。そういうことよ」
なんだこの会話。
メチャクチャだったが、悪いのは俺たち荒木家の人間にちがいない。
謝罪はこちらからも、なにかを考えておこう……。
それから少しして、真堂は帰宅を宣言した。
まるでシンデレラにタイムリミットがきたかのように、あっけない幕引きだった。
絵本が終われば、楽しい冒険もおわる。
だから今日はサヨナラなのだ。
ただ、その帰り際。
玄関に立った真堂は、物語を終わらせなかった。
「あの……、明日も、謝罪にきていい?」
足元を見ている真堂。
そこまで緊張することじゃないだろうに。
それにしても『謝罪にきていい?』ってなんか変な気がする。そもそも謝罪が必要なことなんて、何一つない。
しかし、「ぜったい、やくそくだよー!」という舞の言葉の前に俺の悩みは消えた。
そうして。
最後のページに残ったのは。
「……じゃあ、また明日、ここで」
控えめな、真堂の笑みだけだった。
「……お、おう」
俺は頷くことしかできない。
『学校で会うだろ』なんてツッコミを口にする気持ちも失せた。
なぜかって?
真堂の笑った顔を見るのは、初めてだったからだ。
それは造られた人形みたいに、とても綺麗で――生きている人間のように、どこか儚く見えた。
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