第30話 対価(β)

 自宅まで先導してくれている女子高校生――エニシ曰く『お姉ちゃん』は、制服を見る限り姫八学園の生徒であり、ネクタイの色を見る限り一年生であるだろう。


 背丈はレイより少し上。

 肌は同等くらい白く、造形も同じくらい美人に見えるのだが、化粧をしているせいか印象はだいぶ違って見える。


 髪は肩甲骨あたりまで伸びてウェーブしていた。シュシュでまとめることもあるのか、右腕にはそれがはめられている。

 髪の色は、親友のリョウが昔やっていた色……、そう。アッシュと呼ばれるような青っぽさが混ざった色。制服もなんだか気崩しているように見えた。


 総じて、ギャルと呼ばれるグループに居そうな恰好と言えれば簡単なのだろうが……、不思議なことに、どこか彼女の持つ雰囲気は落ち着いていた。

 まるで夜の海のように、深く、静かだ。

 ふと、対局な印象であるはずのレイを思い出したのは、どうしたことだろう。


 彼女が振り返る。


「すみません、こんなことまでしてもらって。家、ここです」


 新築だろうか。とてもきれいな一軒家である。

 レンガ調のかわいい印象の家ではあるが、外車とが止まっていてもおかしくはない。


「いや、気にしないでくれ。病院受診とか、平気か?」

「え? ああ……」


 彼女は鍵を取り出しながら、駐車場を見た。


「参ったな。ユカリさん、夕飯の買い物行ってるのかも。車がないや」


 言いながらスマホを高速で操作している。

 背中のエニシくんは一切話さなくなってしまった。


 彼女は電話を掛けたようだ。

『あ、ユカリさん。実は――』とこれまでの経緯が、まるで報告書を読み上げるように伝えられる。


 やはり先ほど感じた違和――なんだか彼女は、自分の弟も、自分の母親も、まるで自分とは関係がないように話しているように感じられた。


「……わかりました。じゃあ私が連れていきます。いえ、タクシーでいきますから」


 電話が切れたようだ。

 彼女は玄関ドアまで無言で歩き、開錠。

 門扉の前で突っ立っている俺を不思議そうに見て、『ああ』とひとり納得した。

 

「すみません、言葉足らずで。玄関に降ろしていただければ、あとはアタシがやりますから」

「ああ、そうか……うん」


 不思議だ。

 他人行儀に感じていたが、言葉足らずな部分は姉も弟もとても似ていた。

 やっぱり姉弟というのは似ているのだろうか。

 そういえば俺と舞も似ていないと思っていたのだが、レイから言わせると「食事の食べ方、食べる順番、噛む回数がまったく一緒だわ」と言われて驚いた。

 なにが驚いたって、そこまで観察されていることに驚いたわけだけど。


 色々なことを思い出してしまった俺は、気が付かないうちに笑ってしまっていたようだった。


「……なんで笑ってるんですか」


 不快というよりも、どこか困惑しているように彼女は言った。


「いや、すまん。やっぱり姉弟なんだって思って。うちも同じみたいだし」

「は?」


 今度は明確に、茫然としている様が見て取れた。

 彼女はしばらく黙る。

 黙るというか、二の句が継げないようだ。

 レイにやっぱり似ているなあ、とこれまた笑ってしまう。


「悪意はないぞ」

「ニヤニヤされると、少し不快です」


 とうとう怒らせてしまったようだ。

 確かに俺が悪い。

 背中のエニシくんが、何かを思ったのか、ぎゅっと背中にしがみついてきた。

 俺は失礼なことだったら詫びる、と前置きを置いてから提案した。


「病院受診、俺も付き合わせてくれないかな」

「は? なんでですか?」


 警戒されてしまったのだろうか。

 ドアストッパーのおかげで開いたままの扉の前に、彼女は立ちふさがった。


「タクシー呼ぶんだろ?」

「だからなんですか」

「どうやって乗せるんだ? エニシくん、歩けないと思うぞ」


 俺はエニシくんに尋ねようとしたが、やめた。

 なんだかこの雰囲気だと『ボク、歩けます』などと言いそうだ。


「それは……」

「それに、タクシーから降りたあともどうする? 都合よく車イスなんてあるか?」

「……ない、と思います」

「だろ? じゃあ、俺を使えばいい。無料だぞ。お得じゃないか?」

「タダより高いものはないって、知ってます?」


 見た目からは思いつかないようなセリフが出てきて、俺は目を丸くしてしまった。

 タダより高いものはない。世の中、無料だと思っていても、最終的には高くつくという話。

 まるで竜宮の乙姫さまに玉手箱をもらった浦島太郎のように、物事には何かしらの対価を求められる。

 等価交換――それが世の摂理だ。

 

 だから俺は言った。

 情けないことに、真実だった。

 頭を下げる。


「タクシー代金は払えないので、そこはお願いします」

「は、はあ?」


 そんなの当たり前だろ、とでも言うような呆れた顔を見て、やっぱり俺は笑ってしまった。

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