第29話 猫檀家(ねこだんか)(β)
おぶった男の子と、ぽつぽつと会話をした。
『あっち』とか『たぶんこっち』とか、『ボク、四年生だよ』とか。
若干、不安になる誘導だったが――20分も進んだ頃、『あ、ここに出るのか。それなら、あと少しだよ。』とのやはり少し怪しいナビが入った。
あたりの景色は静かな住宅街に移ろっており、俺の生活圏からは完全に外れている。
「2キロは歩いたぞ」
「ごめんね、お兄さん。少し違う方向だったみたい」
「違う違う。なんで駅と逆方向に住んでるのに、あんなところに居たんだ?、っていう話だ」
「ああ……、不思議なんだけどね、猫がさ」
「おう」
「猫が居たんだよね」
「居たな」
「うん」
俺は前進を続けた。
しばらく待ったが話に続きはないようだった。
「すまん、エニシくん。俺には君の話のほうが、よほど不思議だぞ」
「そう?」
「なんで猫がいたら、あそこから落ちるんだよ」
「ああ、そうだよね。ごめんなさい」
「いや、いいんだけどさ」
どうもこの男の子は自分の中にある情報を他人に共有する考えがないらしい。
自己完結型なのだろう。
ちなみに、なぜ俺がこんな知的な思考ができるのかといえば、つい先日、レイから俺が指摘されたことだからだ。
反省しなさいパンチという技を食らったが、まったく痛くなかった。
「ボク、猫を助けたんだよ。この前」
「へえ?」
「子猫だったでしょ? カラスに襲われててさ。追い払ったんだよ。足、すこし怪我してるみたいだった」
「治してやったのか」
「え! 治せるものなの?」
「……いや、まあ、無理か」
魔法でも使えない限り、自己治癒力頼みだよな。
「どっちにしろ逃げられちゃったんだ、その時は」
「その時は」
「そう。今日さ、いきなりまた現れたんだ。帰り道」
「猫が?」
「うん。不思議だったんだけど……、追いかけたの。足、治ったかなって気になってたし」
「なるほどな」
俺は一連の流れを脳内で明確にイメージしてみた。
で、結論。
「その結果、エニシくんのほうが足を怪我したのか」
本末転倒というか、なんというか。
人を助ける前に、自分の身を守ることも大事だろう。
……なんだろうか。いま、レイの怒った顔が脳裏によぎったんだけど。
「うん。でも、猫の足は治ってたみたいだから、良かった」
「そうか。そりゃ良かったな」
「でも不思議だなぁ……」
「さっきから、不思議ばっかだな」
エニシくんは、俺の背中でしきりに首を傾げていた。
「猫がさ、こっちに来いって言ってる気がしたんだ。少し歩くでしょ? 見失うんだけど、またどこからか現れて、こっちを向いてるんだよ」
まるで誘導してるみたいだ。
ふっと、昔話が口をつく。
「猫檀家(ねこだんか)ってやつか」
「ネコダンカ?」
「昔話。簡単に言えば、猫の恩返しってことになるのかな」
「猫の、恩返し……?」
エニシくんは、再び首を傾げた。
「恩返しって、ボクが怪我したことが恩返しなの? それって不思議だなぁ」
世の中不思議ばかり――レイとの経験上、俺はそう考えるばかりだった。
それにしても四年生にしちゃ、随分と頭が回る子に思えるよなぁ、なんてぼんやり考えていた――その時である。
「……もしかして、エニシくん?」
背負ったエニシくんの、さらに背後から声が掛かった。
エニシくんが、とっさに振り向く気配。
「あ、ミヤコお姉ちゃん……」
エニシくん?
ミヤコお姉ちゃん?
なんだかうまく言い表せない違和感を感じながらも、俺はゆっくりと振り返った。
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