第50話 不戦(レイ視点)β

 陣くんの言葉は、正直なところ、大した言葉ではない。

 なのに心に刺さる。

 だから、効果が出る。


 案の定、ミヤコちゃんは数分で、別人のような活力をその身に宿して、立ち上がった。


 それから――最後に叫んだ。


『先輩っ! アタシ、先輩のこと、好きみたいです!!』


 ……なるほど。

 後輩め、なかなかトリッキーな告白をするわね。


 どちらとも取れる言葉。

 もしその言葉に反応したら、ただの自意識過剰な片思いガールになってしまう可能性もある。

 だからといって無視できるほど、優しい言葉ではない。


「なかなかやるわね……」


 少なくとも、あれはれっきとした『愛の告白』。それは間違いない。


 でもまあ、ミヤコちゃん。相手が少し悪いわ、とも思う。


 案の定、横に立つ陣くんは、首をしきりにひねっていた。


「先輩、ってどっちの先輩だ?――いや、好きとかいってたし、レイのことか」

「さすが、陣くん」

「やっぱり当たりか」

「さすが、陣くん(二回目)」

「……なんだか悪意を感じるぞ」

「あら。奇遇ね。わたしもそう思うことがあるわ」

「それにしても参ったな……」

「何が?」


 陣くんが参ることなんて、セール品で作れる料理が思いつかないときぐらいじゃないのかしら。


「ミヤコちゃんに、レイを取られたら、寂しくなるよな」

「えっ?」


 アタシは思わず身をこわばらせてしまう。

 反応が遅れる。

 だめだ。

 顔が熱い。


 寂しくなる?――わたしが居ないと、陣くんは寂しいの……?


 陣くんは言った。


「舞が寂しくなるよな」

「……は?」


 わたしの時が止まった。


「いやだから、レイが居なくなると、舞が寂しがるよ」

「……舞ちゃんが」

「うん」

「舞ちゃんがね」

「うん?」

「寂しくなるわね」

「……? おう」

「乙女心パンチっ」

「っ――なんで!?」

「こっちのセリフよっ」


 季節は夏。

 空には星。

 隣に好きな人。


 これ以上に幸せな時ってあるのかしら――わたしは、まだそれを知らない。

 そしてそれを知ったとき、わたしは少しだけ大人にちかづくのだろうな、と思う。


「さ、陣くん。家まで送ってね?」

「目の前に見えるぞ」

「乙女心パンチっ」

「ぐおっ」


 さあ、準備はいいかしら。

 夏はまだまだ始まったばかり――。


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