第8話 シシオドシ

 俺達は会話もなく歩いていく。

 しかし廊下を進み、階段を降りて――昇降口についた途端、さすがに真堂は口を開いた。


「外へ行くの?」

「ああ。ちょっとだけ歩くけどいいかな。雲もあるし、日差しも和らいでるだろうから」

「それは構わないけど……?」


 俺たちの通う姫八学園は、自由な校風と広大な土地が売りの私立高校だ。

 生徒それぞれの家庭状況を鑑みた支援も積極的に行っており、だからこそ俺は学費の心配なく妹のために学校を休めるというわけである。

 独特な人物ではあるが、生徒思いの豪気な学園長様様だ。


「んじゃ、こっちの……、この道だ」

「こんな脇道あったのね」

「学園は広いし、迷路みたいだからな」

「わたし、いまだに迷うの」

「そりゃ皆そうだろ。中には迷って出られなくなった生徒の話もあるとか。夜になると脇道の数が増えてて、そこに入ると――」

「……やめて」

「こういう話苦手なのか?」

「しらないっ」

「レイって意外と感情的なんだな」

「しらないっ」


 なんか面白いな、この子。

 すれ違う生徒たちが俺と真堂の二人を見比べている気がしたが、なるべく気にしないようにする。


 しばらく歩くと――人の気配がまるでしない東屋の前に出た。

 ここは日当たりがあまり良くない。

 それと、広い池のある見晴らしのよいスポットが手前にあるため、昼休みにわざわざ訪れる生徒がいない場所らしい。


「へえ……、こんな場所があったのね」

「俺も最近知ったんだけどさ」

「なぜ?」

「テル姉……じゃなくて、戸暮(とぐれ)先生にボランティアを命じられたんだ。この丸太の椅子と机、腐ってたから色々と修繕させられた」

「なぜ……?」

「テル姉……じゃなくて、戸暮先生がお世話になってる用務員さんの手伝いって名目」


 用務員のおじさんが手指をハンマーで打って、怪我をしてしまったので、俺の力が必要だったらしい。

 こういうことを手伝ってくれる生徒は少ないといって、ものすごく喜ばれたけど、正直、大したことはしていない。


「そうなのね。とても素晴らしいことだと思うわ――それにしても、テル姉って、なに?」

「ああ……すまん、口癖で。気にしないでくれ」


 うまくゴマかそうとしたが、真堂はズイっと近寄ってきた。


「テル姉って、なに? わたし、知りたいわ」

「お、おう……なんだか怖いな、レイ」

「そ、そんなことないわ。フツーです、フツー」


 なぜそこで赤くなって、顔を離すのだろうか。

 近づきすぎてしまったのか?

 そこまで近くはなかったが……。


「テル姉ってのは、もちろん俺達の担任の戸暮先生のことだけど――実はここだけの話、あの人、あのアパートの大家さんの娘なんだよ」

「へえ……」

「あのアパートは小学生のころから住んでるんだけど、その時から色々とお世話になっててさ。教師ってのは聞いてたんだけど、他の高校だったんだよな。でも俺と同じ時期に姫八学園に入ったみたいだ。俺には黙ってたんだよ。ひどいよな」

「へえ……!」

「内緒だぞ? あんまり言うと、テル姉に悪いから」


 コクコクと頷く真堂。

 あまり表情の動かない彼女だが、意外だったのか、さすがに目を大きく見開いている。

 それにしても切れ長のクール系美少女が驚いた表情をすると、なんだか必要以上にしてやったりという感じがして面白い。

 おもわず笑ってしまう。


「陣くん。なんだかその笑みに悪意を感じるわ」

「そんなことないぞ。美人を驚かすと、なんだか気持ちいいなって思ってさ」

「……陣くん」

「ん?」

「あなた、いつもそうなの?」

「いつもって?」

「女の子に、いつもそんなことばかり言っているの……?」


 真堂は怒っているわけではないようだ。

 だがとても真剣な表情である。

 問題は、真堂の質問の意図を俺がまったく分かっていないことだろう。


「どういう意味だ?」

「いえ……なんでもないわ。聞いたわたしが悪いのだと判断します」

「悪意を感じるぞ」

「善意ととらえてほしいものね」


 ……まあいいか。

 あまり話し込んでも昼休みが終わってしまう。


 真堂も同じ意見だったらしい。


「それで、ここまで来たのはいいけど……、どうするの? わたし、ケーキはまだ用意していないし、マイちゃんも居ないわ」

「こんな場所で謝罪を要求しているわけじゃない」


 そもそも何度も言うが、謝罪なんて求めてないしな。

 なんで二回目の謝罪が実行されるのかも分かっていない。

 まあ、舞が喜んでいるし、指摘する必要はないだろう。


 それに、その代わりといっちゃなんだけど、これを用意してきたわけだしな。


「真堂はサンドウィッチ、好きか?」

「え? ええ……嫌いではないし、どちらかといえば好きなほうだけど……?」

「そうか、それは良かった。じゃあ召し上がれ」

「え?」

「これが俺なりの、謝罪への感謝の気持ちってやつだ」


 意味は自分でもよくわからねーけど。

 それでも気持ちだけは伝わればいいなと思いながら、俺はぶらさげていたバッグを差し出した。


「え?」


 シシオドシみたいに均一な反応をする真堂は、それはそれで面白かった。

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