第27話 立ち塞がる影
「あなたは……」
ツバキは、現れた作業着姿の大男を見て、それがすぐにあの検問所で見たトラックの男だと分かった。それはサガンも同じらしい。
「お嬢ちゃん、時間がねぇ。その娘を連れて俺たちと一緒に来るか、ディスポーザーにつかまるか、直ぐに選べ」
無意識のうちに自分の体でユウを庇うように立っていたツバキに、その大男はそう告げる。彼は、ツバキが何者なのか、不思議に思っている風ではない。
「お前、何者だ」
テーザー銃を向けられているサガンが、それに怯むことなく聞き返した。
「おめぇに話す筋合いはねぇな」
「……アイランズ独立戦線か」
アイランズ独立戦線。その名前をツバキは聞いたことがあった。エイジアからの独立運動を様々な方法で行っている組織であり、治安維持行動の対象にもなっていたからだ。
しかしサガンの言葉にも、大男は顔色一つ変えない。
「さあ、知らねぇな。お嬢ちゃん、早くしろ。疑ってるなら無用だ」
やはり、この男は自分を知っている。ツバキはそう確信した。
「待って下さい。この人は」
そこまで口にしたツバキをサガンが制する。
「私はもうディスポーザーから追われる身になった。見ていただろう? もちろんアイランズ……いや、下手をすればエイジアからもだ。私は元軍人だ。お前たちの欲しい情報も持っている。私を組織に加えてはもらえないか?」
そこで大男の気配が少し変わった。ツバキも、サガンの突然の申し出に驚いて彼を見たが、サガンは冷静な顔をしていた。
大男は少しだけ考え、そしてサガンに告げる。
「転がっている奴らを、
すぐさまサガンが、ライフルを倒れた男の一人に向ける。そして大男の方を向いた。
「音がする。いいのか?」
そこで初めて、大男が少し顔をしかめる。サガンはそれを見て少し笑うと、倒れている男の傍に腰を落とした。倒れた男の懐を何やら探り始める。そしてナイフを取り出した。
「キサラギ伍長、その娘さんを」
サガンがツバキに、一人の男からはぎ取ったジャケットを渡しながらそう促す。その言葉に、ツバキはユウを見たが、ユウがツバキに頷くのを見て、ジャケットを受け取り、二人で大男の許へと行った。背後でごそごそと音がした後、ナイフを何かに刺し込む音。それが二つ続く。
「これでいいか」
ツバキが目を向けると、右手に付いた血を、サガンが黒い布のようなもので拭っていた。
「こっちだ」
大男はそれをちらと見ただけで、現れた方向とは違う方へと歩き出す。ツバキは、アンダータイツ姿のユウにジャケットを着せると、その手を引いて大男を追いかけた。その後ろからサガンが走ってツバキの横に並ぶ。
「キサラギ伍長、どうして、その、そんな姿に?」
そう尋ねるサガンに、今まさに人を殺してきたという雰囲気はない。そう、彼は熟練の軍人なのだ。
「それは、ちょっと長い話に」と言いよどんだツバキに、サガンは「そうか、じゃあ後で聞きたいものだな」とだけ答えた。
「大尉、あの命令は誰から?」
「統合司令本部からだ。本当にすまなかった」
逆に返したツバキの質問に、サガンはあっさりと答えたが、その表情にはまた呵責が見える。
「大尉の責任ではありません。命令なら仕方ないです」
「仕方ないで済ませるわけには、いかないんだよ。それは、私の問題ではあるがな」
ただ、それと同時に何かしらの決意も浮かんでいる。サガンにはサガンの、進むべき道が見えたのかもしれなかった。
起伏のある林の中、先頭で進む大男は時折周囲を気にしながら進んでいた。下草は手入れがなされていない。
世界的に、地上からはできる限り人為的なものを排しているのだ。人類が主要な居住区を地下へと移した要因の一つである『自然保護』は、このエリアに関してはうまくいっているようだ。その分、草いきれと羽虫が気になりはするのだが。
傾いた太陽の光が、木々の合間からほとんど入らなくなってきていて、林の中は少しずつ暗くなってきている。
ふと大男が足を止め、サガンの方を振り向いた。
「捜索に駆り出されていたディスポーザーが何名か、分かるか」
「いや、詳しくは分からない。ただ、主要道路にいくつかの検問が設置されたはずだが、山や林の中の捜索自体は任務に入っていなかった」
「じゃあ、なんでおめぇさんたち、林の中まで入ってきたんだよ」
サガンの言葉を男が追及すると、サガンがツバキの方をチラッと見る。
「彼女が乗っていたバイクが道端に止めてあるという知らせを聞いて、何かあるんではないかと林の中に入った。彼はブコ河に行くと言っていたはずだからね。まあ、ちょっとした勘だ」
その答えに、男は「そうか」とだけ返事をし、また歩き始めた。
サガンの見立てが当たっているのなら、この大男はアイランズ独立戦線のメンバーなのだろう。ニッポンエリア全域に何か所も拠点を持っているという噂があったが、アイランズ軍もその全容をつかんでいるわけではなかった。
時折起こる都市部の『反エイジア・デモ』には深く関わっているということだったが、それは憲兵の領分だ。テロ活動を行えば軍が出動する手はずになってはいたが、ツバキはその現場に出動したことは無かった。
その彼らがこの地域にいるというのは、タミン・ユーメダの二基地が今閉鎖されているということに、何か関係があるのかもしれない。
今、どうも街道とは反対方向へ進んでいるようで、入ってきたときにかかった時間をもう悠にすぎていた。一向に林が切れる気配はない。
組織の誰かと落ち合う算段なのだろうかと、ツバキが考え始めたところで、ふと前を行く大男が止まった。
どうかしたのかと聞こうとして目を向けた、そのツバキの視界に、二人の人影が入る。きっちりとしたスーツを着た体格のいい初老の男と、その全てが対照的な、背の低いか弱きスカート姿の少女。
およそ、林の中にたたずむには不釣り合いな服装だった。
『組織』の迎えだろうか。そう思ったツバキは、その少女の顔に装着されていたゴーグルに気付き、一気に警戒心を強めた。
この二人、エアカーの傍にいた、あの二人……
少しの間だけ、大男と初老の男が睨み合う。先に口を開いたのは、初老の男だった。
「すまないが、その女性をこちらに渡しては貰えないか」
初老の男の、重厚な声。
それを聞いた瞬間、ツバキの頭の中でまたあのフラッシュバックが爆ぜた。
自分を睨む若い男の瞳。そして、自分を射抜くように見つめる、少女の瞳。それらから発せられる、自分を責める視線……
肩に誰かの手を感じた。頭を押さえながらツバキが顔を上げると、表情を固めたままのユウが見ていた。
待て! ツバキは大男にそう声を掛けようとしたが、一瞬早く大男が動いた。
「ああ、いいぜ。くれてやるよ!」
そう言いながら、大男がテーザー銃を初老の男に向けて発射する。しかし、相手を失神させるはずの電磁弾は、初老の男の体に届く前にその速度を失い、草むらへと落下した。
「な……」
大男が、その光景に声を失う。それを見たツバキが思わずつぶやいた。
「ナイト、ランダー……ヤナ・ガルトマーン」
ツバキの声に、初老の男は表情を変えることなく、右手を上げる。そして警告もなしに、前へ差し出した人差し指からエネルギーの束を大男に向けて発した。
次の瞬間、薄いガラスの砕ける音が響く。
エネルギーに射抜かれたと思われた大男の前に、髪をツインテールに結んだ少女が立っていた。
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