第10話 答えは必要ですか
「なんでエイジアのモーターカヴァリエが?」
俺の問いかけにも、ルースはしばらく黙ったままだった。
状況的に考えて、G弾を破壊したのは、あのガルーダに違いない。
エイジアが撃ったG弾を、エイジアのモーターカヴァリエが破壊する。
理解不能な事態だった。
「確かに、ナイトランダーにはそれぞれ所属するところがあるんだけど、従属しているわけでは無いんだ。それぞれが意思を持って行動している。ヤナ・ガルトマーンは今回のエイジアの行動に反対だったのかもしれない。多分、だけどね」
ルースは自分の解釈を俺に話してくれたが、ルース自身もそこまで自信を持っているわけでは無さそうで、その口調には少し懐疑的なフレーバーが漂っていた。
「次はオレたちにドーンってことは無いのか?」
「ティシュトリアのバリアを貫通させようと思うなら、通常武器による飽和攻撃か、それこそバスターカノンでもないと無理だ。ガルーダだってこんな所ではバスターカノンは使えない。それは、ボクらと同じだよ」
ルースは、今の時点でガルーダから攻撃されることは想定していないようだった。
全天球モニターが映し出す外の景色は、どんどんと高度を上げている。
見下ろす視線の先に、森が見え、河が見え、そして広がる平野とタミン基地が見えた。
タミンの部隊はまたあの基地に戻ってくるだろう。
その後、アイランズ自治区とエイジア軍閥の間でどのような政治的話し合いがなされるのかは、俺には分からない。
ただ、この事件が、何かしら微妙な関係の上に成り立っていた政治的、軍事的なバランスを崩してしまったように感じられた。
これから、世界は、そして宇宙はどうなっていくのだろう。
加速度的に高度が上がり、やがて眼下に広がる景色も、その細部は見えなくなっていった。
そして俺にとって見慣れた光景、青と緑と茶色で彩られた、衛星軌道上から見下ろす
「ガルーダは、ボクたちを監視してるんだよ。変なことをしないかどうかね」
ルースが俺につぶやく。
「変なことって?」
「敵対的行動、かな。エイジアに対して反撃に出る、とか」
「ふむ、逆に言うなら、穏便にしていればこのまま見逃してくれるってことか?」
「ナイトランダー同士ならそうなるね。ナイトランダーは無用な戦闘や、卑怯な攻撃をしてはいけない。それも掟だよ」
ルースの言葉と様子から、俺は少し力を抜いた。
自分が乗っているものがモーターカヴァリエだという実感も無かったし、そもそもモーターカヴァリエがどれほどのものなのか、経験してみないと分からないだろう。
それだけに「乗っている」という安心感は皆無だった。
緊張から出た汗で、少しシャツが湿り気を帯びていた。
コックピットという密室にいるということが、俺を不安にさせる。
汗臭いかな……
「何でまた、そんなに不自由なんだ?」
俺は自分のシャツのにおいを嗅ぎながら、ルースに聞いた。
「ナイトランダーが人間とうまくやって行く為に自らに課した、『十字架』なんだよ。でなければ、世界は崩壊してしまう」
俺が何気なく聞いた言葉に対してのルースの返事には、ナイトランダーという存在の『危うさ』を自嘲するようなトーンが含まれている。
ナイトランダーについて話をするときのルースは、どこか人間を超えた存在であることを感じさせた。
モニターの上部に映るガルーダの姿は、拡大しなくても見えるようになっていた。
まだこちらに正面を向けている。
左右に広がる翼は、一体何の役割をしているパーツなのだろうか。しかしそれは見るものを畏怖させるに十分な威厳を漂わせている。
こうやって直にモーターカヴァリエを見るのは初めてだった。
「なんか、すごいな」
月並みな言葉しか出なかった自分を恥ずかしく思いつつも、それ以外に言葉が出てこない。
「このティシュトリアも、すごいんだよ?」
まるで子供の様に、ルースが俺の言葉に不平の言葉を上げた。
「見てないから分からないんだけど」
素っ気なく答えた俺に、ルースはティシュトリアが如何にすごいかを一生懸命語り始めたが、俺が「はいはい」と軽くいなすと、「絶対驚くから!」と一層ムキになる。
こういうところは、子供なんだな。
俺はルースに気付かれないように、心の中で苦笑した。
正面に映っていたガルーダが、今度はモニターの下へと流れていく。ティシュトリアの位置に関わらずガルーダはこちらに正面を向けていた。警戒監視は続けられているようだ。
「本当に、攻撃してこないのか?」
「大丈夫だよ。さて、じゃあボクらはミドルスフィアから離れようか」
「お、おう」
俺の返事を聞いて、ルースはティシュトリアの機首を
ガルーダの姿が後ろに流れていく。
「しばらく巡航速度で進んでから、次元ドライブをするよ。だから、気を付けてね」
「次元ドライブ? なんだそれ。何に気を付けるんだ?」
そう尋ねても、ルースは「後でわかるよ」とだけ答えて、また、ふふふと笑った。
「じゃあ、行くよ」
ルースがそう言うと、重たく低いモーター音がしはじめた。ティシュトリアの
俺はもう一度、
さっきまで俺がいた、まるでタツノオトシゴのような形をした島は、もう随分と小さくなっていた。
※ ※
「大丈夫?」
ベッドに横になっていたオレに、ルースが心配そうに声を掛ける。
「うん、だいぶ良くなってきた。大丈夫だ」
初めて体験した次元ドライブが曲者だった。身体は座席に固定されているにもかかわらず、精神だけが浮遊感にさらされ続け、次元ドライブが終わった頃には、まるで船酔い状態になってしまっていたのだ。
「その内、慣れるよ」
申し訳なさそうに言うルース。
「しばらく遠慮したいな」
「水、飲むかい?」
「ありがとう」
オレは素直に、ルースが差し出したコップを受け取り、一気に飲み干した。
コップをベッドの脇に置いてあったワゴンの上に置く。
「今はどのあたりなんだ?」
「
「どこに行くんだ?」
「ルナーに行って、支援コンピューターの修理をしてもらうんだよ」
「そ、そうか」
生返事のオレを、彼がじっと見つめる。
目が合って、オレは顔が熱くなるのを感じ、ブランケットで顔を隠した。
「な、何だよ」
「本当に、いいのかい?」
「何が?」
「このボクと一緒に行くことが、だよ」
彼が確認をしてきた。
これが最終確認なのだろう。いわば通過儀礼の様なものだった。
「ああ、それでいい。ルースの方こそ、本当にオレでいいのか? プラヴァシーにオレなんか選んで」
「もちろんだよ。キミじゃないと、ダメなんだから」
オレの言葉に、彼はふふふと笑いながら答える。
どうして、この人はこんなに嬉しそうに、オレに笑いかけるのだろう。
「ふーん。じゃあ、地獄の果てまでついて行ってやるよ。『死神』を倒すのは、オレだからな」
「気を付けておくよ」
肩をすくめてそう言うと、彼はベッドの脇に腰かけた。
「そろそろ、名前を教えてくれないかな?」
彼の瞳。ルビーのように紅く
その瞳に、オレの顔が映っていた。
少し不貞腐れたような顔。
彼の話が本当なら、遥か昔、オレだった女性の顔。
「知ってるんだろ?」
「直接聞きたいんだ」
彼は、意地悪気に微笑みながら、オレに囁く。
さらに顔が熱くなるのを感じた。
彼の微笑みに
「……ツバキ。ツバキ・キサラギだ」
「いい名前だね」
「だから、もう知ってたんだろ?」
「どうかな?」
彼の微笑みから意地悪さが無くなる。
彼が手を伸ばし、オレの頬に触れた。
その手の温もりが、俺の頬に伝わる。
「ツバキ、愛してる」
なぜこの人は、こんなにも熱い瞳でオレを見つめるのだろう。
なぜオレは、この人を見ると、こんなにも心が熱くなるのだろう。
だから
この人を、誰にも渡さない。
この人を、誰にも殺させない。
この人が死ぬのは、オレの腕の中だ。
この人を殺すのは……オレだ。
「ルース、オレは……」
彼の唇が、オレの言葉をふさぐ。
オレは彼の首に手を回すと、彼のするがままに、この身を
これは、憎しみ? それとも……
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