第9話 天球に舞う一角獣

 ルースに向けた架空のハンドブラスターの引き金を引こうとした俺の指は、しかし動かない。


 なぜ? なぜなんだ?


 思い出せ。

 死神の鉤爪に斃れて行った仲間たちを。隊長を。そして、俺を。

 こいつだ。こいつのせいで、みんな死んでったんだ!


 そう自分に言い聞かせようとして、ハーディ隊長の言葉がふと甦った。


『戦争は感情でやるもんじゃあない。俺たちは軍人だ。殺人鬼じゃない。殺すも殺されるも、ただ任務の為だ。だから引き金を引くのに躊躇するな。そして、引き金を引かれても、恨むな』


 隊長……俺はまだそんな境地には、到達してませんよ……


「……オレが重力制御システムを動かしてやる」


 右手を下ろして、俺はそうルースに告げた。


「ほ、本当かい? キミはボクを憎んでいる」

「お前はオレが倒す。でも今は無理だ。だから、お前を倒せるようになるまで、お前には生き続けてもらう」


 ルースは、その言葉を聞くと、慈しむような眼で俺を見た。

 確かに、ルースにとっては、俺の個人的戦闘能力など、子供のお遊びでしかないだろう。

 ルースの眼は、もっと高次元の場所から俺を見下ろしている、そんな眼だった。


 だから、いつか必ずその場所まで登ってやる。 


「それに……今回の事件の真相、自分の眼で確かめたい。本当にエイジアがG弾をここに撃ち込んでくるのか、分からないしな。手を貸してもらうぞ。それがお前に手を貸す条件。ギブアンドテイクだ」


 仇に手を貸す。そのことに色々言い訳を付けていると、そう取られてもいいような俺の言葉にも、ルースは馬鹿にする素振りも表情も見せず、ただうなづいた。


「もちろん、それでいいよ」


 そう言うとルースは、本当に嬉しそうに微笑んだ。

 俺はもう一度、グレネード射出機に近寄り、手で触れる。


 ……行ってくる、帚星。


 俺は心の中でそうつぶやくと、ルースの許へと走り寄った。


「こっちだよ」


 ルースの後について『ティシュトリア』の中に戻り、デッキで寝室とは反対の扉に入った。

 そこは、単に二人が通れるかどうかの幅しかない通路があるだけの空間。それが随分と奥まで続いていた。


 薄暗い通路の中は、ほのかな青白い光が、まるで脈動するような周期で点滅を繰り返している。光は、無機的な壁全体が放つものだった。


 その中をどんどん進んでいくルース。

 俺は無意識にルースの腕をつかんだ。


「大丈夫だよ」


 彼がこちらを振り返って微笑む。そして俺の手を握ると、また歩き出した。

 俺は何も言わずに、そのまま彼についていく。

 実際は十メートルくらいなのだろうが、随分と長く感じた通路の先には、また扉があった。


「ここが、コックピットだ」


 彼はそう言うと、扉に触れる。

 扉がゆっくりと右にスライドし、真っ暗な部屋が現れた。

 すぐにライトが点灯する。


 中は、直径二メートルくらいの球体になっていた。

 中央には、前後に並ぶ二つの座席がある。


「複座?」


 二人で操縦するように設計されているのか。

 それぞれの座席の前には、小さなディスプレイと操作盤コンソールパネル、そして操縦桿の様なものがあった。


「後ろの座席に座って」


 俺は座席の横の細い隙間をすり抜け、後部座席に座った。

 座席自体は、俺が乗っていた空挺戦車とそんなに変わらない。

 ただ周囲の球状の壁が気になった。


「これは?」


 俺は壁を指さし彼にそう尋ねたが、「後でわかるよ」という言葉だけが返ってくる。


「ヘッドギア、つけ方わかる?」


 俺はコンソールパネルの上に置いてあったカチューシャ状のヘッドギアを額にはめ、横のスイッチを押す。クッションにエアが入り、俺の額と両側頭部を軽く押さえつけた。


「これでいいか?」


 これも俺が使っていたのとほぼ同じ構造だった。


「いいよ、それで」

「軍の装備とそう変わらないんだな」

「設計には、同じ理論が使われているからね。作ってるところが、同じなんだよ。ミドルスフィアの兵器も、このモーターカヴァリエも」


 彼は、やや自嘲気味にそう言うと、自分もヘッドギアを付けてコンソールパネルを操作し始めた。


「ちょっと待て。これ、ヤシマ重工が作ったのか?」


 アイランズ自治軍の装備はヤシマが生産を行っている。


「いやいや、生産じゃなくて、元の設計という意味でね」

「それって……」


 敵味方に関係なく武器の設計を供給する者がいるということじゃないか。


「その話は追々でいいかな? 今はミドルスフィアを脱出しよう。少し時間を使いすぎてしまったからね」

「あ、ああ……」


 生返事をしながら俺は電源の入ったディスプレイを見る。視界に、前の座席に座ったルースの頭が見えた。後部座席の方がやや高くなっている。

 俺は少し頭を左右に振り、改めてディスプレイを見た。

 映し出されているのは、このモーターカヴァリエ『ティシュトリア』の構造のようだ。


 横から見た図では、色々な突起のある横倒しの円錐型構造物から、正面に向けて衝角ラムのようなものが伸びている。本体部分から後方へ、左右一枚ずつ、翼の様なものが出ていた。

 あの居住スペースの広さと割合から考えると、本体部分で五十メートル、全長は……八十メートル?


 こんな大きなものが、なぜ見つけられなかったのだろう……


 正面から見た図もある。それを見ようとした時、明らかにそれと分かる警告音がコックピットに鳴り響いた。


「くそっ、遅かったか」


 今まで聞いたことのないような悪態が、ルースの口から発せられる。


「ど、どうした?」


 前を向くと、今まで白かった球体の壁一面に、外の景色が映し出されていた。

 全天球モニター……すごい……


「飛翔体を確認。到着予想は二分」

「それって……」


 G弾……エイジアの奴ら、本気か! 人が住めなくなるぞ!


 心のどこかでありえないと思っていた事態が現実となり、その衝撃と共に、俺は自責の念に駆られた。


「ごめん、オレが……」


 もっと早く決断していれば。


「キミのせいじゃない。ボクがあの時、もっと早くキミに気が付いていればよかったんだから」


 ルースは俺との戦闘のことを悔いているようだった。

 しかし、今更言ってもどうしようもない。

 かといって、ルースがもっと早い段階で俺に事実を打ち明けていたとしても、俺はルースについては来なかっただろう。

 ルースは、俺が心を開くのを待っていたのだ。自らの危険をかえりみずに……


「動かせるかい?」


 頭につけたヘッドギアは、空挺戦車のものと同じ脳波操作デバイスだろう。

 俺は眼を閉じて、モーターカヴァリエ『ティシュトリア』の重力制御システムへのアクセスを試みる。


 脳裏に浮かぶ、翼の生えた一角獣ユニコーンのイメージ。

 そのユニコーンが翼を広げ、咆哮を上げる。


「いける。重力制御システム、起動。システムグリーン」

「オッケー。行くよ、モーター起動!」


 低くうなる駆動音が聞こえ、それが次第に高まってくる。


「飛べ、ティシュトリア!」


 軽い衝撃の後、上へ押し出されるような圧力を座席から感じた。

 外の景色がゆっくりと下へと下がっていく。


「ルース、このままじゃ、ここが……」

「分かってる。レーザーファランクスで落とすよ!」


 全天球モニターの正面の一部が拡大され、光る点の様なものが映し出される。低い駆動音が聞こえ、ロックオンしたことを知らせるマーカーが光点の脇に表示された。

 次の瞬間、連続する甲高い風切り音と共に、大気を切り裂き光が放たれる。それらが、拡大されたモニター上の飛翔体に吸い込まれた。

 しかし……光の粒子がまるで砕けたガラスの様に飛び散り、飛翔体の後方へと流れていく。飛翔体に変化は無かった。


「バリア付きなのか! ダメだ、大気圏内じゃレーザーの減衰が大きすぎてバリアを貫通できない」

「他に火器は無いのか? この『バスターカノン』っていうのは?」


 俺は目の前のディスプレイに表示されている武装の中で目に留まった名前を挙げた。


「それは、使用禁止だ。掟があって、惑星上じゃ使えない」

「そんなこと言ってる場合かよ!」

「掟は掟だ。ナイトランダーの掟は絶対なんだよ」

「じゃあ、他にないのか?」

「無いよ! でも、バリアは正面だけのはず。上昇した後引き付けて、ファランクスで上から狙う」

「出来るのか?」

「やってみるしかないよ!」


 しかし、如何に重力制御が働いていると言っても、これだけ大きな機体を浮かすには時間がかかる。事実、景色が下に流れていく速度は、さっきよりも速くなったとはいえ、まだゆっくりだ。


「一分を切ったぞ!」


 全天球モニターに表示されていた最接近予想時間は、もう秒数のみをカウントダウンしていた。


「分かってる!」


 ルースの声に焦りの色が見える。これ以上何もできない自分に、俺は苛立ちを覚えた。


 間に合わない……河が、森が、消えてしまう。


 と、次の瞬間、飛翔体に向けて天空から光の筋が降りてきて、飛翔体に触れると、飛翔体が爆散した。

 俺は咄嗟に身構えたが、G弾と思しき飛翔体はそれ以上何も影響を残すことなく、モニターから消えてしまった。


「やったのか?」

「いや、ボクじゃない」

「は? じゃあ、誰が?」

「あれ、だよ」


 ルースは上を見上げていた。ルースの視線の先を俺も追う。

 全天球モニターの天頂部分が拡大されて、まるで大きな鷹のようなシルエットを映し出していた。

 あれは……


「ガルーダ」


 ルースが独白のようにつぶやいた。


 ガルーダ。

 それは、エイジアのナイトランダー、ヤナ・ガルトマーンが操るモーターカヴァリエの名だった。

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