第44話 闇を抱きて羽ばたく
※
『恋人』とは一体、なんなのだろう――
初めは多少なりとも抗っていたものの、絶え間なくその体に加えられる快感という名の刺激が、ツバキの脳を次第に溶かしていく。ただ唯一残っていた思考の中で、ツバキはそんな自問自答を繰り返していた。
自分とルースは果たして恋人と言えるのか。
フィスはツバキの恋人だったという。いや、フィスの場合は『コノエ』の恋人だったそうだが、ツバキにはその記憶はない。それでもフィスは、ツバキを自分の恋人だと認識し、今まさにツバキと体を合わせている。体は女性同士だというのに。
ランダーたちは子をなさない。その例外であるフィスも、出産まではいかなかったという。そしてそのことについてフィスは悲観してるわけでもなく、ただ客観的に状況を把握しているだけのように、ツバキには見えた。
恋人関係の先に、婚姻関係があり、そして家族関係がある。そんな常識を、この『ランダー』という存在は、簡単に無視してしまっている。もちろん、彼らは『人間』ではないのではあるが――
ランダーとプラヴァシーの関係は恋人というものではないらしい。それはまるで「存在の安定を互いに担保し合う、共依存」のようだ。
じゃあ、自分とユウは――
「そろそろ、ツバキを返してもらえるかな、アンフィス」
突然、情事の寝室に聞き覚えのある声が響き渡った。ツバキに覆いかぶさっていた質量がふっと軽くなる。
「あら、もう戻ってきたの、ルシニア」
フィスが体を起こし、声の主へと応じたのだが、一瞬にして現実に引き戻されたツバキは、シーツを掴み、それで自分の体を慌ててくるんだ。
寝室の扉は閉まっている。その内側で、真っ白なボブヘアを揺らした真っ白な青年が、呆れた様子でフィスを見つめていた。
ルシニアと呼ばれた青年――ルースは、出て行った時とは違う服装に身を包んでいる。いつものようなラフな白いシャツとデニムではなく、白いサーコートにムーンストーン色のマントを羽織っている。ナイトランダーとしての正装だ。
「その様子だと、まだ知らないよう、だね」
ルースは、生まれたままの姿でいる二人を前にしても、別段怒った様子を見せてはいない。しかしツバキは、得も言われぬ罪悪感を感じた。
「まだ? どういうこと?」
フィスはその豊満な体をルースに見られるのを全く気にもせずに立ち上がる。ダークグレーの肌が艶やかだ。
「緊急連絡、来てるよ」
「コノエとの久しぶりの『お楽しみ』なのよ。そんなもの切ってあるに決まってるじゃない」
不満げな様子を見せるフィスをルースがまた呆れ顔で見つめた。
ルースは、ツバキがユウと一緒にいたときには凍るような表情を見せた。しかし今はそうではない。
――フィスには嫉妬を感じないのか?
そんな疑問がツバキの心に沸き起こる。いや、そもそもルースがユウに見せた感情は嫉妬だったのだろうか?
フィスが、ルースに促されるままに、寝室にあったコンソールパネルを操作する。モニターに、アイランズにおいて現在進行形で起こっていることが映し出されると、フィスの表情がたちまち険しいものへと変わった。
「何よ、これ」
フィスがルースの方へ怪訝な表情を向けたが、ルースはただ「見ての通りかな」とだけ返した。
アイランズによる独立宣言。それに惑星セレスが絡み、そしてその守護であったルースがそのままアイランズの守護になるという。フィスの頭の中に、この事件の裏にいる者の名がすぐに浮かんだ。
「ルシニア…… 何を企んでるの」
「何のことかな」
ルースはフィスの視線を
「しらばっくれないで。セレスの守護になるだなんて何を考えてるのかと思ってたけど、まさかアイランズを独立させようと考えてたなんて」
「わからないな」
「こんなの『掟』破りだわ。アナタ、無事では済まないわよ。こんなことしてどうするつもり? 何が目的なの?」
フィスは素っ裸のままでルースに近寄ると、その胸ぐらをつかんだ。
「ボクは巻き込まれてるだけだ」
「それで通ると思うの?」
しかしルースはそれを無視し、フィスの手をゆっくりと振りほどく。そしていまだシーツに身を隠しているツバキへと視線を向けた。
無感情な瞳。その感情は、ツバキには測りかねるものだ。
「ツバキ、ティシュトリアに戻ろう。ミドルスフィアに行くよ」
「あ、ああ……」
ツバキは、ベッドのわきに押しやられていた服を取り、慌てて身に着ける。しかし着替え終わるのも待たずに、ルースはツバキの腕を取った。
「ちょっと、目的くらい教えなさい!」
フィスの鋭い言葉に、ルースは笑みを浮かべ、そして微かに唇を動かす。
「何、聞こえないわよ」
しかしそのフィスの言葉が終わる前に、ルースはツバキと一緒にエーリュシオンの寝室から消えてしまった。
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