翼騎姫―ツバキヒメ―
たいらごう
第一章 再会・再開
Pure-white Nightingale
第1話 戦場の屍に雨が降る
人類が太陽系にその居住域を広げて数百年。対立する惑星間の戦争に、十一体の大型機動兵器「モーターカヴァリエ」とそれを操る「ナイトランダー」が活躍するようになっていた。
* * *
脳に響く警告音。うるさくて仕方がない。
消音にできないのかとゴーグル型ディスプレイの隅々を見回したのだが、生憎そんな機能を開発者は必要と思わなかったようだ。
そりゃそうだろう。
戦闘継続不能を知らせる警告音なのだから、音が鳴れば撤退が必然なのだ。音を消して戦い続けようとするバカなんていない。
俺以外は、だが。
――あと少し、もう少しだけでいい、動いてくれ。
身に纏う機動装甲服『
雨が降りしきる真っ黒な空を、俺は恨めしく見上げた。
光充電は出来そうにない。
夜間機動型である『月光』や『極光』なら、こんな天候でもモリモリ充電していくのだろうが。
いや、文句は言うまい。
こいつのおかげで、俺はこれまで生き延びてきたのだ。
今俺に残されているのは右肩の射出機の中にあるグレネード一発と、相手の対エネルギーフィールドの前には全く役に立たないブラスター機関銃一丁のみだった。
対装甲ライフルでもあれば……
――友軍は何をしてるんだ?
所属不明の機動兵器が惑星外から侵入し降下した、という地上基地からの救援要請を受けて、基地援護の為、衛星軌道上の航宙護衛艦から二台の空挺戦車で降下してきた。
が、俺が所属していたハーディ隊の空挺戦車は、地上への降下の最中に支援コンピューターがイカレてしまい、放棄せざるを得なくなった。
サガン隊のもう一台とは連絡すらつかない。
その上、地上基地からの援軍が来る気配は無かった。
――救援要請しておいて、放置かよ。
今は装甲服での徒歩戦闘を余儀なくされている。
戦っているのはもう俺一人だが。
空挺機兵としての任務はもう失敗に終わった。撤退するべきなのは分かっている。しかし。
――モリヤ、イチバガセ、そしてハーディ隊長……
新米の俺を鍛えてくれた隊員も隊長も、皆、奴にやられた。
みんな手練れだったのに。
想像以上の強さだった。
その機動兵器が、ではない。
いや、それどころか、この
あいつ……何者なんだ? ……まさに『死神』じゃないか。
『死神』は、軽量のボディスーツ型装甲服を着ていた。
しかし、どういう性能なのか、『死神』は突然姿を現したり消えたりしながら、戦っている。
しかも、ブラスターは奴の装甲服が発生させる対エネルギーフィールドにことごとく
メインウェポンが効かないのなら、話にならない。
一体、あの装甲服のどこにそんなエネルギーがあるんだ……
理論はどうあれ現実として、彼我の戦力差は歴然だ。
しかし……しかし、俺だけおめおめと退くわけにはいかなかった。
『いいか、空挺機兵は逃げ時の見極めが命だ。無駄な戦闘はするな。次の為に生き延びろ』
ハーディ隊長の言葉が蘇る。
すみません、隊長。命令は聞けません。
――でも……俺にできるのか?
弱気な心が顔を出す。俺は、皆に比べれば、「ひよっこの若造」でしかないのだ。
――いや、やってやる、やるしかない。仇を討つんだ。
エネルギー残量の少ないブラスターを握り直す。
ただ、まともにやりやって勝てる相手ではない。それができるなら、隊長たちは死ななくて済んだだろう。
――どうする?
空挺機兵は機動力を生かした奇襲が命。
――攪乱して、至近距離からぶっ放してやる。
俺は音を立てないよう慎重に右肩のグレネード射出機をジョイント部分から外すと、蓋を開け、最後の一発となったグレネードを取り出した。
射出機はここに置いていこう。今まで、ありがとな。
そして腰の銃剣を取り出し、ブラスター機関銃の銃身に取り付ける。
――まさか本当に着剣突撃をすることになるとは。
喉の奥から笑いがこみあげてきた。年齢が一番近かったモリヤが、銃剣を馬鹿にした俺に向けて鉄拳制裁をしたことを思い出す。
『ばかやろう! 銃剣はな、空挺機兵にとって最後の牙なんだ。それを馬鹿にするなんて、百年はえーんだよ、新米が!』
多分モリヤは、常に接敵する覚悟でいろということを言いたかったのだろう。
それ以降、滅多に使うことのない銃剣を、何となく手入れし続けていたのだが、まさか本当にこれで戦うことになろうとは。
――始めるか。
覚悟はできた。俺が死んで悲しむ親はまだ両方残っていたが、家には兄がいる。
親不孝の詫びはあの世でしよう。
友人も恋人もいない。仲間と呼べる人間は皆先に死んでしまった。
右手にグレネードを握りしめる。手動の起爆を十秒後に設定した。
――引っかかれよ。
起爆装置を作動させると、一拍置いてから、グレネードを視界の反対側の草むらへと力いっぱい投げ込んだ。
ココンという音が響く。
と、草むらの前の空間が陽炎のように揺らめき、そして現れた。流れるようなラインが印象的な銀色に光るボディスーツ。
両手の甲から銀色の鉤爪が伸びているのが見える。
奴だ。
――かかった!
グレネードが爆発する。
『
俺はブラスター機関銃を両手で構えると、『死神』に向けて突撃した。
バックパックから噴射される圧縮空気が、俺を前へと押し出す。
滑るように地を駆けると、見る見るうちに爆風でひるんだ『死神』が近づいてきた。
――くらえ!
機関銃の先についた銃剣を奴に向ける。
そしてそのまま体当たり。
重たい金属音がして、銃剣が砕け散った。
銃剣が『死神』の後頭部に当たろうとした瞬間、奴がこちらに振り向き、鉤爪で俺の銃剣を防いだのだ。
だが、体重を乗せた一撃は無駄ではなかった。
軌道の逸れた銃剣は、それでも奴の顔をかすめたようで、砕け散る前に『死神』の顔を覆っていた銀色の仮面の左側を削り取っていた。
仮面の下に隠されていた『死神』の目が現れる。
そこから『死神』の血が噴き出した。
俺はそのままブラスターの引き金を引こうとする。しかし、俺にはもうその力が残っていなかった。
なぜなら、『死神』の鉤爪が俺の胸に深々と刺さっていたからだ。
それを奴が引き抜くと、俺の胸から大量の血が噴き出すのが見えた。
俺はゆっくりと後ろへ倒れていく。
赤く染まった『死神』の左眼が、まるで驚いたように見開かれているのが見えた。
「隊長……みんな……ごめん」
背中と後頭部に衝撃を感じたが、痛みはなかった。
もうすでに全身の感覚が失われつつあるようだ。
見上げる空からは、雨粒が変わらず降り注いでくる。
雨は一向に止まないまま、この後も俺の屍に降り注ぎ続けるだろう。
だが、その黒い空も、もう靄がかかったように見えにくくなっていた。
「死ぬのか……」
一矢報いたものの、倒すことはできなかった。所詮、新米の俺には無理だったようだ。
いや、しかし、俺は『死神』に傷を負わせてやったのだ。
――冥途の土産になるな。モリヤに自慢してやろう。
思わず顔がにやけたが、顔に当たる雨の音も、冷たさも、もう何も感じなかった。
※ ※
――す……いね、キ…に合う……ムはこ……か無さ……だ。我慢し……れよ。
ふと遠くで声が聞こえた。
三途の川の向こう岸で、皆が俺を呼んでいるのだろうか。
――それにして…、さすがは……エだね。まさか…クに傷を………るとは。
何を言ってるんだ。よく聞き取れないぞ。
――少し休むといい。
休む? なぜ?
俺の行先は地獄と決まってる。みんなが先に行って待っているのだから、早くいかなくては。
でも、まあそうだな、三途の川を泳いで渡るんなら、その前に少しくらいは休んでもいいか……
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