第3話 捨てられた基地の中で

 俺たちに救援を要請したはずの基地、タミン。

 しかし、そこには誰もいなかった。


 俺は目の前の光景が信じられないまま、基地の敷地内を彷徨さまよい歩いている。


 武器、弾薬、エネルギーパック、そして戦闘車両。

 あるべきものが全くない。

 建物だけがそのまま残り、それ以外はまさに『もぬけの殻』状態だった。


「どういうことだ、これは……」


 いくつかの建物を回り、また別の建物へと入る。

 戦闘員の宿舎らしき建物だった。


 エントランスに入ると、少し生活臭が漂っている。

 一階には、食堂や娯楽室。二階は居住階になっているはずだ。


 食堂へと入る。がらんとした空間に、テーブルと椅子が並べてあった。

 テーブルの上には調味料が置いてある。

 奥は調理室になっているようだ。

 食堂を横切り、調理室へと入った。


 と、そこに、三人の男がいる。


「おい、『同業者』が来たぜ」

「む? なんだ女じゃねえか」


 あまり近づきたくないような雰囲気の男たちだった。


「お前たち、ここで何をしている」


 甲高い声が自分の口から出た。


「おっかねえ、おっかねえ」


 一番背の低い男がにやけた顔でおどけている。


「何してるかって? 見りゃあ分かるだろ。『後始末』してるんだよ。悪いな、ここは俺たちが先に来たんだ。他を当たりな」


 一番背の高い、かなり図体のデカい、というか結構太っている男が、俺を睨みつけた。


「ここは軍の基地だぞ。一般人が入っていいところじゃない」

「イッパンジン? はっはっは! おい、聞いたかよ」


 図体のデカい男が、俺の言葉を笑い飛ばした。


「おじょーちゃんも、『イッパンジン』だろうに、なんでここにいるんだあ? ひゃっはっは」


 チビの男も気味の悪い声で笑い出す。


「オレは軍人だ。不法侵入は銃殺だぞ」


 そういって腰に手をやってから、武器を持ってないことを思い出した。


 しまった……


「ジューサツ? ひゃっはっは! あーこわいこわい。おじょーちゃん、お手柔らかにお願いできるかなあ?」


 チビの男は、俺に近づくと、下から見上げるように顔を出す。


「軍人を名乗ったら、俺らを追っ払えるとでも思ってるのか? 大体、軍がもうここに残ってるわけねえだろ。しっぽ巻いて逃げちまったよ。あっはっは!」


 二人のチンピラは代わる代わる、俺を小馬鹿にするような言葉を投げかけた。

 しかし、最後の一人は少し様子が違う。


「待て、お前ら。その女の身元を確かめろ。『同業』にしては変だ」


 引き締まった細い体にサングラス。口ひげを生やしていた。

 こいつらのリーダーか?


「同業って何のことだ」


 俺の言葉にデカいのとチビとが顔を見合わせる。


「おめえ、ディスポーザーじゃねえのかよ」


 ディスポーザー……戦闘終了後、様々な『後始末』の為に投入される人員だ。軍属にはなっているが、実際には犯罪集団一歩手前のゴロツキどもを軍が雇っている。

 残存兵狩りも兼ねているが、残された機密情報などの捜索も行っている。残存兵殺害の報酬や、見つけた機密情報の買い取りなどがあり、ディスポーザーにとって戦闘終了後の戦場は一獲千金の場所だった。


 しかし、普通は侵攻作戦後の敵基地の後始末をするのであって……ここは、そうじゃない。


「なぜディスポーザーがここにいる。どの軍から依頼された仕事だ?」


 しかし、男たちは俺の質問に答える気は無さそうだった。


「おいおい、これは『お宝』発見じゃねえか」


 どうも、俺が『お宝』らしい。


「発見というより、こっちに転がり込んできた感じだよなあ」

「女は久しぶりだあ。なあ、いいだろ、アニキ? ばらしちまう前にヤッてもよお」

「言うほど長居はできない。ほどほどにしとけよ」

「さすがアニキ! 話が分からあ!」


 そういうと背の低い方の男が、俺に襲い掛かってきた。


「な、何をする!」


 身をかわそうとして、今度はデカい方の男に腕をつかまれる。


「おおっと、逃がしゃしねえぜ」


 俺はデカい男の左足にローキックを見舞ったが、男はびくともしなかった。


「ねーちゃん、少しはできるようだなあ」


 そういうと男はつかんでいた俺の左腕を軽くひねる。激痛が走り身をよじると、俺は難なく押さえつけられてしまった。

 力が出ない。こんなはずでは……


「くうっ」


 床に倒されると、チビ男が馬乗りになってきた。

 足を激しく動かしたが、どうにもならない。

 チビ男は俺のアンダーウェアに手を掛けると、乱暴に引きちぎった。


「ひゃっはああ。ガキにしちゃあ、ぷるんぷるんだぜ」

「お前らっ!」


 チビ男が俺の両手を押さえつける。

 もう一人の男が、俺の足を無理矢理広げると、アンダータイツに手を掛けた。


「やめっ」


 ろ、と叫びかけたところで、離れたところから別の声が聞こえた。


「そこまでにしないかな?」


 この声……あのルースと名乗った青年のものだ。

 馬乗りになっていた男も、声の方へと振り返る。


「その子はボクの連れなんだ。まだ新米のディスポーザーでね。『ルール』をよく知らずにここに入ってしまった。だから許してやって欲しい」


 そう言うルースの言葉に、俺を襲おうとした二人の男は顔を見合わせた。


「あんちゃん、ディスポーザーのルールは絶対だ。知らなかったからごめんなさい、では済まねえぜ」


 デカい男が立ち上がり、ルースの方へと向く。


「もちろんタダでとは言わないよ。お兄さんたち、気持ちいいことしたいんだよね? そんなガサツで色気もない女より、ボクと遊ばないかな? ボクのテクニック、上手いよ。それとも、コッチの方は経験ない?」


 『ガサツで色気もない』になぜか怒りを感じたが、まあ確かに、色気といわれればルースの方があるかもしれない……


「おめえと? なんだそりゃ」

「ボク、ディスポーザー相手の男娼もね、してるんだ。ホントは有料なんだけど、お詫びに、ね」


 ルースはやや斜めに向けた顔から、男たちに流し目を送る。


「ほ、ほんとかよ」


 一度入ってしまった肉欲のスイッチを止められないからだろうか、それとも男すら惑わすルースの魅力のせいなのか、二人の男はルースの方に興味を持ったようだった。


 その時、一人何か別のことをしていたあのリーダーらしき男が、ルースに声を掛けた。


「待て。おい、お前、どこのディスポーザーだ。それともインディーズか?」

「ボクはルビリオ・カンパニーの所属だよ」


 ルビリオ……ルースが口にしたその名前は、確かディスポーザーをまとめるギルドの中でも最大手のところだ。


「ルビリオの連中はユーメダ基地に行ったはずだ。なぜここにいる」


 男は、ハンドガンをルースに向ける。


「答えろ。本当にお前がルビリオの者なら、規約違反だぞ」


 規約……ディスポーザー同士の取り決めのことか。


「やれやれ、そんなことまで知ってるとは、キミ、幹部クラスの人間だね」

「答えろ」

「嫌だよ」


 ルースのその言葉に、男はハンドガンの引き金を引いた。

 ルースがいた場所の壁の一部が粉々に砕ける。


 しかし、ルースは男が引き金を引く直前に動いていた。

 まずデカい男の鳩尾みぞおちに蹴りを喰らわすと、チビの腕をひねり引き寄せる。

 再び発射されたハンドガンは、ルースの盾にされたチビに命中した。

 部屋に響き渡る男の悲鳴。激痛に床を転げまわる。

 

 ルースはそれでも動きを止めずに、リーダーらしき男へと近づく。

 男は三発目を発射したが、ルースに右手を跳ね上げられ、天井に穴を開けるだけに終わった。


「貴様、何も……」


 男が言葉を言い終えることはできなかった。

 一体何をされたのか俺には分からなかったが、男はそのままゆっくりと、前へ倒れる。

 ハンドガンで撃たれたチビ男も、腹から血を流してそのまま動かなくなった。


 ルースはそれを見届けると、俺に近寄ってくる。


「大丈夫?」


 俺はウェアをはぎ取られて露わになった胸を両腕で抱え、ルースの視界から隠した。


「あ、ありがとう」


 礼を言う俺にルースは軽く微笑むと、自分のシャツを脱いでそのまま俺に着せた。

 不思議なくらい真っ白なルースの肌が露わになる。

 シャツは、ほのかに木の香りがした。


「急いで出よう。他のディスポーザーに見つかるとまた厄介だ」


 ルースは俺の手を取って俺を起こすと、部屋を出て走り出す。

 俺は彼の手を握りしめながら、懸命に後について走った。

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