第14話 超人とのティータイム
マルス公転軌道上。
ルナーで一日休息を取ったツバキたちは、一回目の次元ドライブでここまで来た。休息を取ったからなのか、それとも体が慣れてきているのか、ツバキはこれまでほどには気持ち悪さを感じなかった自分に安心する。
「大丈夫?」
「あ、ああ。大丈夫そうだ」
「それはよかった」
コックピットの前部座席から振り返り、ルースは目を細めて微笑んだ。
「そういや、セレスにはティシュトリアのドックはないんだろ?」
「専用のドックが無いだけだよ。宇宙港はあるし、重力はルナーの七分の一しかないから、係留に問題は無いよ」
「そんなもんか……って、セキュリティはどうなってるんだよ」
「宇宙港の管理会社がやってる。行政府が無いから、実質その会社がセレスの『支配者』になるね」
「……住んでる人間、いるのか」
「もちろん。地下都市がある。ただ、昔は宇宙開拓の最前線だったんだけど、いまは緊急の補給地としての機能しかない、かな」
「そんなところを護るのか?」
「そうだよ」
ルースは意味ありげにウィンクすると、いくつかの操作を行い、そして座席から立ち上がった。
「ルナーで買っておいたお菓子があるんだ。お茶にしようか」
※ ※
エイジア行政府の一室。
エイジア軍大将ワン・シーピンが、ルナーの六倍の重力に引っ張られ、痩せ気味ではあるがしっかりした体格を椅子へと沈めると、
「お早いお帰りでございますな」
と言って目の前に現れた白衣の小柄な老人に、鋭い視線を向けた。
「どうでもいい挨拶をしている暇などあるのか、ナプザック博士。計画はどうなっている」
「いよいよ『実戦』でございます」
「失敗など、許さんぞ」
「計画の是非、というのであれば、失敗することはございません。モーターカヴァリエ相手にどれほどの戦いができるのか、それを調べるためのものでありますので」
「勝てるのか?」
「可能性は最大限にまで高めてございます。ただ、結果となると」
「やってみなければわからん、というわけか」
「さようにございます」
「正直なのは良いが、『負け』た時のことも考えてあるのだろうな」
「もちろんでございます。結果がどうあれ、どこの誰の仕業なのか、誰にもわかりますまい」
「ふむ……ようやくたどり着いたものが、まだそれか」
「うまくいけば、ここからは早うございます」
ワンが席から立ち上がった。
「結果が全てだ、博士」
「承知しております」
白衣の老人が深々とお辞儀をする。もうそれ以上何も言うことも無く、彼の横をワンは通り過ぎ、そして部屋を出ていった。
「まこと、大丈夫であろうな、ウィル」
まるで独り言のようにつぶやいた老人の脳に、埋め込んだチップから微弱な電気信号が送られる。それが聴覚野でハスキーな女性の声として再生された。
『不確定要素は存在しない。黙って、量産を進めればいい。お前は名誉を手に入れ、私は「神のいない世界」を手に入れる』
※ ※
「ほんと、驚いたわ。アタシもグンターも、絶対ドンパチになると思ってたのに。アナタはどう思う、ルース」
用意されたテーブルの上に置かれたロールケーキの一切れにフォークを突き刺しながら、ダークグレーの髪と肌を持った女性――フィス・ディ・ランがルースに尋ねる。
「ボクも驚いたよ。キミがまさかティシュトリアの中まで来るとはね、フィス」
紅茶が注がれたティーカップに口をつけながら、ルースがそれに答えた。
仲良さそうに話している二人を見て、ツバキは初め、この二人が『恋人』同士なのではないかと思ったりしたのだが、しかしどうもそうではないらしいことに気が付いた。
お互いを見る目が、全く笑っていないのだ。それをツバキは、ある種の恐怖を持って見ていた。
「あら、お邪魔だったかしら」
「邪魔以外の何に見えるのか、教えて欲しいくらい、かな」
「折角、会いに来てあげたのに」
「この間、会ったばかりだよね。お菓子を横取りしに来た、の間違いじゃないのかい」
フィスがロールケーキを口に入れるのを、ルースがジト目で見ている。
マルスで留守番をしていたはずのフィスは、次元ドライブを終えたばかりのティシュトリアの中にいきなり『現れる』や否や、『お土産品』を調べ、その中からそれを見つけたのだった。
「まさか、まさか。この間アナタの認証式で折角ルナーに行ったのに、ルナー名物『エム・ノヤマのマロンロール』を食べそびれて悔しかったからって、アナタが絶対に買っているだろうと思って探しに来たんじゃなくてよ」
二口目に移行しようと、フィスがお皿のロールケーキにフォークを突き刺す。そのロールケーキに、ルースのフォークが横から突き刺さった。
「ツバキに買ってあげたものなんだけど、これ」
「ふーん、『ツバキ』ねぇ。そんなこと言って、いいの? ルース」
「何が、かな」
「アタシは別に、いいのよ。コノ……」
「フィス!」
「……子に、色々教えてあげても」
思わず腰を上げたルースを、フィスはにやにやしながら見ている。一体ルースが何をそんなに焦っているのか、ツバキには理解できなかったが、どうみてもルースの分が悪そうだ。
しぶしぶとフォークを引っ込めるルースをよそ目に、フィスは二口目を口に入れ、うっとりとした表情を見せた。
やや吊り上がったきつい目をしているが、そんな表情をすると、この女性――フィスは随分と印象が変わる。自分――今の、であるが、鏡に映る『少女』にはない大人の美しさがあるのだ。
それにしても、目の前に『伝説の超人』が二人もいる……ついこの間までは考えられなかった事態ではあるが、しかしツバキは、不思議とどこか懐かしい感じを覚えていた。
なぜだろう。
「二人は、どういう関係……ですか?」
おそるおそるそう尋ねたツバキに、フィスは少し悲し気な表情を見せた。
「ほんとに……覚えてないのね」
「オレを知っているんですか?」
続けてツバキがそう尋ねる。するとフィスは、フォークを静かにお皿の上に置いた。
「ルースとアタシはずっと昔から『親友』の仲よ」
「ああ、『親友』だね」
ルースが、随分と含みのある相槌をする。
「で、ルースのプラヴァシーであるあなたとも、昔から随分と深い仲だったんだけど……ほんとに覚えてないの?」
更に意味ありげなセリフ。しかしツバキには、それに相当するような記憶は全くなかった。
「……すみません」
目の前の女性が一体『いつの自分』の話をしているのか、ツバキには分からなかったが、何となく自分が悪いような気がして、ツバキは小さな声で謝罪の言葉を口にする。それを見たフィスは、椅子から立ち上がると、
「分かったわ」
と言って、ベッドに腰かけていたツバキの横に移動し、そのままトンと座った。
「アタシが思い出させて、ア・ゲ・ル」
フィスがツバキの腕を取り、抱きかかえる。ボリュームのある胸の感触に、ツバキは「あ、いや、その」と言いながら体を離そうとしたが、フィスがそれを許さなかった。
不思議な感覚……ルースに感じるものとも、ユウに感じたものとも違う、もっと肉体的な欲情を感じる。ルースの傍にいて、自分が女であることを認め始めていたツバキは、また自分が男なのか女なのかという思いで混乱した。
「フィス、話をややこしくしないでくれるかな」
ルースが、フィスを呪い殺さんばかりの目で睨みつけている……
「そうも言ってられないわ、ルース。スクードゲイルを沈めたあのアンノウン」
ツバキの腕を離さないままであったが、ルースに向けたフィスの視線の意味合いが変わったのを、ツバキは感じ取った。
「手掛かりがつかめないのよ。次元ドライブだけならまだよかったのにね。バスターカノンとME変換フィールドも、でしょ? まずいわね」
「何がまずいんですか?」
ツバキが思わず聞き返す。フィスがツバキに顔を向けたが、さっきとは違う感情でその表情が少し歪んでいた。
「んー、気持ち悪いから、丁寧語止めてくれないかしら」
「へ? えっと、じゃあ、『何がまずい?』 これでいい……かな」
「それでいいわ。何がまずいかと言えば、ナイトランダーにしか使えないはずの技術を、他の誰かが使った、ということよ。アタシたちナイトランダーが何から何を護っているのか……アナタ、覚えてないのよね」
「ま、まあ」
「ルース、なぜ教えないの?」
フィスが非難めいた視線をルースに送る。
「まだ、彼……彼女は状況に入り切れていない。追々、と思ってたんだよ」
「ふーん……またアナタの悪い癖が出てるんじゃなくて?」
「ち、違うよ」
ルースの『悪い癖』とは何なのか知りたいと思ったが、それ以上に、二人の関係――まるで姉弟のような関係に見えたのが、少し可笑しかった。
しかし、ツバキを見るフィスの視線の真剣さに、ツバキは少し息を飲む。
「遥か昔、この世界を支配しようとした『人工頭脳』があった。いえ、本当に人間に作られたものなのか、今でも分かっていないわ。ただソイツ――ムイアンと呼ばれていたの。次元を跳び、質量とエネルギーを交換する技術を持っていた。アタシたちナイトランダーと同じ能力を再現する技術をね」
フィスがルースに目線を送る。フィスの言葉をルースが継いだ。
「ムイアンは意志を持ち、ボクたちと、そして人間を、この世界から排除しようとした。その時、ボクたちと盟約を結び、共に戦った人間……それがプラヴァシーであり、ボクと盟約を結んだのが、キミだったというわけ、かな」
大筋の話は、歴史の授業で習ったものだった。しかし、プラヴァシーの話は初耳だ。ルースはそこまでのことを話してくれなかったのだ。
「でもそれって、何百年も前の……」
「そうよ。そして、ムイアンのような『存在』が再び現れた時、人間を護る。それがその何百年もの間『ナイトランダー』がやってきた真の役割よ」
事の大きさに呆気にとられ、ツバキはルースとフィスを交互に見る。
「出所の分からない『ME変換技術』をアンノウンが使ったということは……その『存在』がまた現れた、という可能性が高いということなの」
そう言い終えるとフィスは、フォークを手に取り、ロールケーキに突き刺した。
「『まずい』という理由が分かったかしら」
そのまま三口目を自分の口へと運んだ。
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