第15話 時を跳ぶノクターン
「それにしても、」と、ロールケーキを満足げに食べ終えたフィスが、また口を開く。
「ヤナは今回のこと、何も言わなかったの? 会ったんでしょ?」
「ああ。でも、報告の間もずっと、彼は黙って聞いていたよ」
その言葉でツバキは初めて、ルースがヤナ・ガルトマーンに会っていたことを知った。だが、彼から聞けることはもうなさそうである。
「全く、ムイアンが再び現れたかもしれないって言うのに、アイツは昔のままね。相変わらずオジサンの姿をしたままだし、何考えてるのか分からないのは全然変わらないわ」
フィスが呆れ顔でそう漏らしたが、ふと気になったツバキが割って入る。
「『相変わらず』って、どういうこと?」
「アタシたちはDNAを操れるんだから、ずっと自分を若い姿のまま保つこともできるし、DNA情報さえあれば姿も変えられるのよ。なのにアイツは好き好んでオジサンの姿をしてるんだから、物好きでしょう? 絶対あれは、プラヴァシーの趣味なんだわ。でもアナタは若い女性の方が良いわよね?」
そう言ってフィスは、またツバキの腕を抱えるように引き寄せた。薄手のアオザイを通して伝わる彼女の弾力に、ツバキはルースを気にしながら体を離そうとする。
「いや、でもオレ、女で……」
「何言ってるの、アナタは男で、ルースは元々」
と、そこまで言ったフィスの足を、向かいにいたルースの足が踏みつけた。思わずフィスが声を上げる。
「何するのよ、ルース!」
「おしゃべりが過ぎるよ、フィス」
しかしツバキは、何が起こったのか分からず、唖然としていた。
「何考えてるのか分からないのは、アナタもヤナと一緒ね!」
睨みつけるフィスの視線を、ルースは素知らぬふりで受け流す。
その後、ツバキの腕を離さないまま突然「今日はこの子と一緒に寝るわね」と言い出したフィスを今度はルースが睨みつけ、「だめ? じゃあ、今晩借りてっていい?」と言い出すに及び、ルースはフィスを蹴り出すように部屋から追い出してしまった。
去り際に「またね、ツ・バ・キ」と言ってウィンクをしたフィスが宙に消えるのを、ツバキは呆気に取られながら見送る。
「なんだか、すごい人だな……あの人、どこにいったんだ?」
「ん? ああ、エーリュシオンだよ。ティシュトリアの横にいる」
「へ? いつの間に? そんな音も振動もしなかったぞ?」
「ツバキ……宇宙空間じゃ、音も振動も伝わらないよ……」
そう言って笑いながらルースは、部屋のモニターに指示を送る。モニターに外部カメラの映像が映し出され、クラゲのような姿をしたモーターカヴァリエ、エーリュシオンが画面に現れた。
「へえ……やっぱり、不思議な形をしているな。あそこまでテレポートしたのか?」
「うん、そうだよ。次元シフトって言うんだけどね」
「あ、ああ、そうだったな。な、なあ、ルース」
ルースのさっきまでの様子。そして今の様子。ツバキはそれに少し違和感を感じ、声を掛ける。
「どうしたの?」
「あの人も俺が本当は『男』だって、知ってるのか」
「うん、そうだよ。ツバキを『昔』から知ってる」
「そっか」
それを聞いても、ツバキの心に生じた違和感はとれなかったが、その原因が、ルースがユウに見せたあの冷たさにあることを、ツバキは分かっていた。
ルースはあの時、抱いていた嫉妬を隠すことなく表していたのだ。しかし、フィスに対してはそういう冷たさは感じなかった。
もちろん、相手が『赤の他人』かそれとも『親友』かの違いなのかもしれないが……『赤の他人』に向けるには、随分とネガティブ過ぎる感情に思えた。
そんな何か釈然としない様子のツバキに、ルースは少し申し訳なさそうな表情を見せる。
「ツバキ、少しエーリュシオンに行ってくるよ」
「ん? ああ、どうぞ……って、オレ一人残るのか?」
「直ぐ帰ってくるから、心配しないで」
「お、おお……って、無防備すぎやしないか?」
何かに襲撃でもされたらどうするつもりなのかと思ったが、
「ティシュトリアは今、エーリュシオンのバリアの中にいる。だから大丈夫だよ」
と微笑むルースを見て、ツバキは諦めモードで肩をすくめた。
※ ※
エーリュシオンのコックピットにある二つの影。
「いつまで彼に黙っておくつもり? ルシニア」
「いつまでも、だよ。ボクはルース。彼女はツバキ、だ」
「アナタね」
「『あの子』が、現れたんだ」
「……どこに?」
「ルナーで見かけた。ツバキと、話をしていた」
「そう……やっぱり、呼び合うのかしら」
「彼女にツバキは、渡さない」
「まったく……なぜアナタが自分の姿を『男』に変えたのか、ようやく分かったわ。彼を失ったショックからだと思ってたのに、違うのね。ほんと、アナタ、壊れてる。アナタは『ルース』なんかじゃない、『ルシニア』よ。アタシは、認めないから」
※ ※
一応何かあるかもしれないということで、ツバキはコックピットに座っていた。支援コンピューターがあるので、確かにツバキ一人でもこのティシュトリアを動かすことくらいはできるが、これほどの不安な気持ちは戦場ですら感じたことは無い。
未だモーターカヴァリエという機動兵器に、『未知』という形容を感じているからなのだろうが……
ふと、ツバキが座っている後部座席のコンソールパネルに灯りがともった。そして、メッセージが表示されていく。
何だろうと思い、それを読み始めたツバキの表情が、すぐに怪訝なものへと変わった。
『奴を信じるな』
奴、とは誰のことなのか。そして、このメッセージは誰が発信しているのか。ツバキは疑問に思い、コンソールに手を伸ばす。すると、表示されているメッセージが変化した。
『奴は仲間を殺し、お前を殺した』
ツバキの手が止まる。ふと前を見ると、全天モニターの一角にもメッセージが表示されていた。
『奴はお前を騙している』
「誰だ!」
辺りを見回すが、もちろんコックピットにはツバキ以外誰もいない。いるとすれば……支援コンピューター? いや、AIが命令にないことをするはずがない。
……ルースが?
『人間には「支配」が必要だ。しかしそれは、恣意的な「神」ではなく、合理的な「知能」によるものでなければならない』
違う……これは、誰だ?
『真の自分を思い出すのだ。お前は真の姿を奴によって隠されている。奴の恣意によって』
まるでツバキの視線を追うように、メッセージはモニターの様々な場所に表示される。
「誰だ!」
『お前は「ツバキ」ではない。お前は』
しかしツバキがメッセージをすべて読み終わる前に、突然全てのメッセージが消えた。程なく外に気配を感じる。ツバキが入り口に目を向けると、ルースがコックピットに入ってきた。
「お待たせ、ツバキ」
「あ……ああ、おかえり」
「何か言ってた?」
「ああ。あ、いや、」
ツバキは言おうとした言葉を喉の奥で飲み込む。
「そんなに待ってなかったけど、やっぱりここに一人でいると、不安になってしまって」
そしてそう口にすると、少し上目遣いにルースを見た。
「ごめん、もう、一人にはしないから」
申し訳なさげにそう言って唇を寄せてくるルースに、ツバキは素直に応じ、キスをする。
「そうしてくれよな」
「うん、ごめんね。さあ、少し眠ろうか。睡眠を取ったら、セレスに跳ぶよ」
ルースはそう言ってツバキの手を取り、ほほ笑んだ。ツバキはコクンと頷く。
結局ツバキは、不思議な……そして心をざわつかせたあのメッセージのことを、ルースに話さず、寝てしまった。
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