第16話 宿世のランデヴー①

 あふれる涙で前が見えにくくなっていた。

 目の前の女性の長い髪が、血に塗れた寝床一面に広がっている。ぐったりとしたその女性が弱弱しく手を上げ、「コノエ」とつぶやくと、俺の顔を両手で掴んだ。

「キミ!」と叫びながら、彼女の手に俺の手を添える。すると彼女の口が微かに動き、消え入りそうな声で何事かをつぶやいた。

 そして彼女は口元に笑みを浮かべ、スローモーションのようにゆっくりと、その美しく青い瞳を閉じてしまった。

 俺は泣きながらその女性を胸に抱き、そして顔を上げる。白い肌、白い髪の女性が、紅い瞳で俺と彼女を見つめていた――


※ ※


 息がつまるような感覚を覚え、ツバキは目を覚ました。肩で大きく呼吸をし、そして、自分が夢を見ていたのだと気づく。

 呼吸が落ち着いたところで横を見ると、隣で眠っていたルースが体を起こし、ツバキのことを心配そうにのぞき込んでいる。


「大丈夫?」

「あ、ああ、ごめん。起こしたみたいだな」

「うなされてたみたいだけど」

「そ、そうか? 覚えてないな」

「水か何か持ってこようか?」

「ん……そうだな、お願いできる?」

「いいよ」


 ルースが水を取りにベッドを出た。ツバキは、自分の見ていた夢を思い出そうとしたが、内容のほとんどを思い出すことが出来ない。

 ただ、夢に出てきた女性の青い瞳……まるでサファイアのような瞳と、彼女がつぶやいた『わすれない』という言葉だけが、朦朧とする頭の中にはっきりとしたものとして刻まれていた。


――サファイアンブルーの瞳……ユウに似ていた。


 ふと視線を感じて顔を上げる。水の入ったコップを持ったルースが、ツバキを紅い瞳でじっと見つめていた。


※ ※


 スクリーンには星々が生み出す光点が散りばめられているが、その光の一つ一つはは余りに小さい。その中で一番大きく――それでもルナーから見る大きさとは比較にならないくらい小さく――光っているはずの太陽ソルは、セレスの陰に入り今は見えなかった。

 その次に大きく見えているはずの木星ユピテルも、星々の光点の中に埋もれてしまいそうである。

 そんな暗闇の中、点灯したコンソールパネルの光で、コックピットに座る人物、ユウのヘルメットだけが明るく浮かび上がった。


『ターゲット、ドライブアウトまで九〇セカンド。高速ロケット弾発射。レールガン、七〇で発射。その後、バスターカノン用意』


 ハスキーな、そして無感情な女の声が、ヘルメットの中に響く。

 なぜ、AIに指示されねばならぬのか。そんな疑問を意識下へと沈め、ユウは一つずつタスクをこなしていった。

 脳裏に現れては消える幻像――視界に入るだけで狂える自我が暴れ出しそうになった白いナイトランダーと、傍にいるだけでそんな自分を鎮めてしまった小麦色の肌をした少女――に一瞬心を奪われそうになる。

 それらを振り払うために操縦桿のトリガーに指を掛け、そして小さくつぶやいた。


「レールガン発射準備、完了」


※ ※


 ツバキは今日も、ワンピースドレスを着て、後部座席に座っていた。

 ティシュトリアのコックピットに甲高いモーター音が響き渡る。前方座席ではルースが手際よくいくつかの操作を行っていた。


――絶対、間違ってるよな。


 ツバキは自分の服を見てそう思いつつ、ヘッドギアを装着する。体がシートに固定された。


「ツバキ、準備は?」

「オーケー」


 モーター音がさらに高くなり、可聴域を超える。


「じゃあ行くよ。次元ドライブ、目標、セレス宙域」


 ルースの声とともに、ティシュトリアの全天モニターがブラックアウトする。ツバキは、精神だけがゆらゆらと揺れるような感覚に目をつむって耐えることにした。

 それが数十秒、いや数分続いただろうか。


「ドライブアウト」


 ルースの声と共に、モーターの音がまた可聴域へと戻ってきた。ゆっくりと目を開けると、再び全天モニターに星々が放つ光点が映し出されている。

 ふぅ、と息をついで……突然、コックピットに警告音が鳴り響いた。


「なんだ?」


 ツバキが思わず声を発したその直後、ティシュトリアを大きな衝撃が襲う。それと同時に全天モニター全体に光が映り、ティシュトリアの周りで結晶化したエネルギーが飛び散って消えていくのが見えた。


「おいっ、なんかぶつかったぞ!」


 ツバキにはそう思えたが、ルースは短く「攻撃だ」と口にした。


「攻撃? どういうことだよ!」

「対Mバリア、残六〇%」

「対マス? エネルギーじゃないのか?」


 ティシュトリアのME変換フィールドが光ったということは、エネルギー攻撃だったはずだ。なのに、質量攻撃を防ぐための対Mバリアが削られているというのは……


「バスターカノンだね。ティシュトリアに対Eバリアはついてないよ。ME変換フィールドがあるからね。でも、ME変換じゃ、質量攻撃は防げない」

「そういや、バスターカノンって、どんな攻撃なんだ?」

「質量をもつエネルギー波。亜光速で飛んでくる槍みたいなもの、かな」

「かなって、のん気なこと言ってる場合かよ! どっから撃ってきたんだ?」


 と、また警告音が鳴り響く。その直後、立て続けに二度、大きな音とともにティシュトリアが衝撃で揺れた。

 

「今のは?」

「多分レールガン。アクティブ・レーダー起動。索敵モニター見て。待ち伏せされたみたいだ」


 ルースが回避機動を開始する。そのルースの目は、全天モニターで敵を探していた。 


「何でこんなところに敵がいるんだよ!」

「分からない。対M残三二」

「大丈夫なのか?」


 そう叫びながらも、ツバキはコンソールパネルに映し出されたレーダー画面で敵の反応を探し始める。

 しかし、敵の反応が見当たらない。


「反応ないぞ! なんで?」

「攻撃を『置いて』おかれたみたい」

「置く? どういうことだよ!」

「相手は、ボクらがこのポイントにドライブアウトしてくるのを知ってた、ということだね」


 レールカノンは実弾を撃ち出す兵器である。その弾速は真空なら秒速百キロメートルにも達するが、レーザーやエネルギー波に比べれば圧倒的に遅い。大気圏内では有効な武器だが、宇宙空間では動いている敵に当てるのは至難の業である。それを発射を悟られないような距離から二発も当ててきたのだ。

 ティシュトリアが三次元空間に現れるポイントをあらかじめ知っていて、なおかつ、現れる前から撃っておかねば、こうはならない。

 それはつまり……


「何でそんなことができるんだよ!」

「分からない」


 と、全天モニターに、ティシュトリアのレーザーファランクスの光の筋が何本も走った。その先で、火球がいくつも浮かび上がる。


「高速ロケットだ。徹底的に質量攻撃をしてきてるようだね」

「それって……」

「こっちに、エネルギー攻撃が効かないのを知ってるってこと、かな」


 数秒、コックピットを沈黙が支配した。


「モーターカヴァリエか?」

「ナイトランダーは奇襲なんかしない。掟に反する行為だから」

「じゃあ」

「多分あの、アンノウン。フィスに救援を頼もう」


 そう言って操作を行おうとしたルースの手が止まる。


「いま、マルスのナイトランダーは動けないんじゃ?」


 恐る恐る聞いたツバキの言葉にルースがうなずき、小さくつぶやいた。


「仕組まれてるね、これ」

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