第17話 宿世のランデヴー②
『レールガン、ヒット2。ロケット、ヒット0』
セレスを挟んで反対側にいる敵。モニターには映っていない。しかし、ウィルは攻撃の成否を正確に報告してくる。
「退くのか」
全弾とも命中していれば、近接戦闘を仕掛ける手はずだった。しかしユウは、このままそうしてもいいと思う。
どうせ自分は、モルモットでしかない。
『バスターカノン、リロード完了まで一四二。現在ポイントを維持し、第二射を行う。戦闘続行だ』
なぜ自分がここに座っているのか、それを考えてはいけない。それが、壊れそうになるアイデンティティを保つ唯一の手段なのだ。
「了」
肉親などいない、試験管で作られたこの体。誰からも『
なれど……ユウはふと思う。自分は何者なのか、その答えは本当にこのコックピットの中にしかないのだろうか?
操縦桿を倒すと、横への慣性力――Gを感じた。側面のプラズマスラスターから青い光が放出され、ユウが乗る機動兵器、モーターディエスが行っていた慣性による横移動が緩まる。
いや、違う――あの時、何かが自分を呼ぶような錯覚を覚えて、その声を探した。そして迷い込んだルナーのドック。そこにいた少女、ツバキ……
何か、何かを感じたのだ。彼女に、自分を見つけるための、『鍵』を。
そう……これは自分ではない。これは『汝』であって『我』ではないのだ。
では、『我』は何者ぞ。
ツバキ、そなたならその答えをくれるのか?
※ ※
「どこから撃たれたのか分からないのか?」
ツバキはアクティブレーダーを見ながらルースにそう尋ねた。レーダーに敵の反応は無い。あるものといえば、全天モニターの右後方に見えている準惑星セレスだけである。
「4-3方向から撃たれた」
「4-3? セレスからか?」
「そうだけど、地表からじゃない。そんな武装はセレスには無いからね。多分、セレスの反対側からだと思う。地平線ギリギリで撃ってきたんじゃないかな」
準惑星であるセレスは、直径が九四〇キロほど――ルナーの三分の一以下しかない、大気もない小さな球体である。しかし、ティシュトリアはセレスからかなり離れている。反対側からとなると、少なくとも彼我の距離は八千キロ以上……
宇宙空間では空気がないため、物体の速度低下も、エネルギーの減衰も起こらない。だから、かなり遠くから撃ったとしても、当りさえすれば威力の高い攻撃が可能である。ただし、当りさえすれば、なのだ。
「そんなところから、当てられるものなのか? 小さいとはいえ、セレスにだって重力はあるだろ」
例えドライブアウトするポイントを知っていたとしても――それすらも、一体どうやって知ることができたのか見当もつかなかったが――その距離から高々全長八〇メートルしかないティシュトリアに攻撃を当てるというのは、もはや人間業ではない。
「でも、当てられたよ」
「バスターカノンならいざ知らず、レールガンも当ててきたんだぞ? どうやって?」
「こちらが静止していて、かつ高性能なAIが照準を行えば、可能だと思う」
ルースの答えにツバキは黙るしかなかった。敵の正体が見えてこないが……フィスが言っていた、『人工頭脳』もしくは『ムイアン』と呼ばれたものの類だというのだろうか。
「敵は、AIってことか?」
「状況証拠はそろってる、かな」
回避機動――不規則な方向転換と速度変更をしながら、ルースは全天モニターを見続けている。ただ、アンノウンからの攻撃は、それ以上見られなかった。
「奇襲しておいて隠れているのか? なんで?」
ティシュトリアの機体はほとんどダメージを受けていないが、対Mバリアは相当削られてしまった。しかし敵は、そのまま撃ち合いに持ち込もうというわけではなさそうだ。
「バスターカノンのリロード待ち、だろうね」
ヒットアンドアウェイ……相手は、用意周到にこちらを墜とそうとしているようだった。
「どれくらいだ?」
「前回のデータだと、一八〇秒で次を撃ってる」
「次食らうとどうなる」
「バリアを貫通してくるね。後は、当たり所によるかな」
ルースは、余裕のありそうな声で、あまり考えたくない事態を口にした。
「バスターカノンの撃ち合いになるのか」
「かな……先手を取られた以上、撃ち合うのは分が悪いね」
「ルース、一旦離脱しよう」
「できない」
「なぜ?」
「ボクが、セレスの守護だから。それが掟だよ」
また掟! ツバキは心の中で舌打ちをした。
「ルナーのナイトランダーには、救援を頼めないのか?」
「彼らは中立だから。どんな戦闘にも手は出さない」
「なら、どうすんだよ」
焦りの見られないルースの声が、余計にツバキを焦らせているのだが、そのツバキに対してルースはフフッと笑ってみせる。
「モーターカヴァリエがなぜ『戦場の支配者』と呼ばれるのか、それを見せてあげるよ」
その笑いの裏に、人に非ざる者が持つ何かを見たような気がして、ツバキは背筋にぞくりとした冷たいものが走るのを感じた。
「ツバキ」
「な、なんだ?」
「ボクから、離れないでね」
そう言うとルースはティシュトリアの速度を上げ、機首をセレスの方向へと向ける。
――操縦席に固定されているのに、どうやって離れるというんのだ?
体にかかるGを感じながらツバキは疑問に思い、それを心の中に飲み込んだ後、「わかった」とつぶやいた。
※ ※
『標的、戦闘移動を開始。リロード完了まで六〇。位置固定』
セレスの陰から現れたところを、『狙撃』する。単純ではあるが、セレスの陰になって見えないはずの相手の動きが分かっていて初めてできることである。
「なにゆえ、標的の動きが分かる?」
ふと感じた疑問をユウが口にする。
『標的の支援コンピューターを
「別に。ふと、思うただけぞ」
『エゴを押さえろ。エスに身を任せるのだ、ユウ。与えられた状況の中で、標的を排除することに専念しろ。さもなくば、やられる』
ユウは、それには答えなかった。
しばらくの静寂の後、ウィルの『リロード完了』という声が響く。遅れて、モニターに標的を表す赤い小さな点が現れた。
『ターゲット捕捉まで二〇。バスターカノン発射準備』
「了」
頭に浮かんだ様々な疑問を排除し、トリガーに指を掛ける。ウィルが、一五、一四というカウントダウンを開始した。
赤い点がセレスの地平線へと近づいてくる。これまでになかった体の反応……ユウは自分の息が荒くなるのを自覚した。
ツバキがこの世からいなくなれば、自分が何者なのか、教えてくれる人が誰もいなくなるのではないか?
『七、六、五……』
そんなことを考える自分は、壊れているのだ。
『二、一』
なら、直さなければならない。標的の破壊という治療によって。
ゼロ、というウィルの声と同時に、ユウはトリガーに掛ける指に、力を込めた。
モーターディエスの機体の中心から、眩しいほどの光の帯がモニターの赤い点へと伸びる。
と、突然、その赤い点が消えた。
「壊したのか?」
そうつぶやいたユウのヘルメットの中で、ウィルが警告を発する。
『緊急退避。次元ドライブを開始しろ』
「なにゆえ……」
そのユウの言葉が終わらないうちに、コックピットに警報が鳴り響く。ユウは無意識に次元ドライブの操作を開始したが、視界の左端、全天モニターに映し出された黒い影に気付き、手を止めた。
翼を広げたようなシルエット――モーターカヴァリエ『ティシュトリア』。
前方に突き出した衝角が二つに割れている。その隙間を、幾筋ものプラズマ光が満たしていた。
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