第7話 ティシュトリアの咆哮
一体、奴は何者なんだ……
マルスの機動兵器『クリーガ』のメインパイロットシートに座っていた男は、ラテン系の精悍な顔に生える
彼、ゲーツ・シュドラスの戦歴を振り返っても、これほど美しくない戦闘は他になかった。
いや、このもはや死を待つだけの状態が、ではない。その負け方があまりにも無様だった。
コルベット艦『スクードゲイル』を破壊したのは、水素運搬船のシャトルではなく、タンクの中から出てきた「何か」だった。エイジア籍のシャトルも同時に破壊されており、タンクの中から出てきた所属不明の機体……今や彼をそのレーザーカノンで仕留めようとしているものが、実際に何なのかは、今でも不明である。
敵は『スクードゲイル』のバリアを貫通するだけの火力を持っていた。敵を侮るのは愚か者のすることであり、それはシュドラスにとって「美しくないこと」である。だからこそ、この未確認の『敵』を用心深く追い詰めたのだ。
そして、追い詰めたと思った時、リロードが済んでいないはずのバスターカノンの直撃を食らった……
――最初から、そのつもりだったか。
まんまと敵の術中にはまってしまった。
衝撃であちらこちらが欠損している前方モニターには、正体不明の機体のシルエットが表示されたままである。それは、武骨な軍艦のものではなく、円錐型のボディから放射状に、下方へ三本、上方へ五本の翼状構造物が伸びてる。正面からのシルエットはまるで日輪のようであった。
全長は約八十メートル。シュドラスが乗るクリーガよりも一回り大きい。バスターカノンを装備していることといい、モーターカヴァリエの特徴を有していたが、機体データは存在しない……アンノウンだ。
「対Eバリアの残存量は?」
シュドラスは後部座席にいるはずのコ=パイロットにそう聞いたが、返答はない。
「無念……これまでか」
シュドラスはそうつぶやき、目をつむった。
※ ※
モニターに、紡錘形の構造物が映っている。そのボディからいくつかの兵装を突き出したマルスの機動兵器は今は大破していて、慣性に身を委ねたまま動く様子はない。
コックピットに座る女性は、長い髪がヘルメットに無理やり押し込まれていることを不快に思いつつ、レーザーカノンのトリガーに指を掛ける。照準はもう相手を捉えていた。
引こうとして、全身に毛羽立つような生理的嫌悪感が走る。
指が止まった。
『撃て、ユウ』
ヘルメットに響くハスキーな女の声……支援AI『ウィル』の無感情な言葉が、ユウと呼ばれた女性に攻撃を促したその時、コックピットに警告音が鳴り響く。
『質量反応』
ユウは目をつむり、全身の感覚を研ぎ澄ませた。ヘルメットの中で冷たい汗が、額から一つ流れ落ちる。
この嘔吐感、嫌悪感、そして不快感、それをもたらすもの……それが、この宙域に形となって現れる。
ユウが乗る機体――モーターカヴァリエに対抗するために開発されている試作機動兵器『モーターディエス』、その全天モニターに、錐型構造物から一本の長い『角』を伸ばし、本体から後方へ左右一枚ずつ翼を生やした姿のモーターカヴァリエ『ティシュトリア』が映し出された。
ユウの意識から、目の前の『獲物』が消える。彼女の脳波を入力装置が拾った結果、火器のターゲットが『クリーガ』から『ティシュトリア』へと変更された。
『待て。後退だ』
その声を無視してトリガーを引く。その瞬間、下方に突き出た三門のレーザーカノンにプラズマが走り、エネルギーの波動が撃ち出された。
『敵』を覆うME変換フィールドが煌めくと、エネルギーの波動が結晶化し、ガラスの破片のように砕け散って後方へと流れていく。
「嫌」
『あれにエネルギー兵器は効かない。後退しろ、ユウ』
バスターカノンはさっき撃ったばかりだった。ヘルメットバイザーに火器の情報が映し出される。リロードにはまだ時間が必要だ。
「嫌、嫌、いやぁああ!」
生理的嫌悪感がユウを蝕む。彼女は目を見開いて、そう叫び続けた。
※ ※
「い、いきなり撃ってきたぞ」
「『敵』だから、ね。でも、効かないな」
警告音の後すぐに、ティシュトリアの周りに光が飛び散った。ツバキは思わず首をすくめたが、ルースは平然としている。
「ばか、バスターカノンだったらどうするつもりだったんだよ」
「一撃くらいなら、耐えるよ」
二撃目は食らうのかよ、とツバキがつっ込む前に、ティシュトリアの『翼』が青白く瞬いた。レーザーファランクスから発射されたエネルギーの波動が、
「向こうにも効いてないぞ、おい」
「対Eバリアじゃない。ME変換フィールドだ……ツバキ、これは面倒だね」
「『だね』じゃないだろ、『だね』じゃ」
モーターカヴァリエの絶対的戦闘力を支える三つの要素。『次元ドライブ』、『バスターカノン』、そしてエネルギーを質量に変えて無力化する『ME変換フィールド』。
目の前のアンノウンは、そのうちの二つも有しているようだ。
再びアンノウンからエネルギー兵器が撃ち込まれる。ティシュトリアのME変換フィールドがそれらを微小な質量へと変えると、エネルギーの結晶が辺りへとまき散らされた。
「仕方ない、バスターカノンを使おう」
「へ、変なことするなって言われてなかったか?」
「救出が最優先だよ」
ドライブアウトしたこの宙域に、マルスの識別信号を出しているのは一機のみ……離れたところを漂う、大破した『クリーガ』だけだった。
「他はやられたのか?」
「そのよう、だねっ」
ルースが、スラスター機動で機首を動かす。ティシュトリアの
全天モニター上のアンノウンに、ロックオンのマークが付く。
と、警告音とともに、再びティシュトリアの周りを光が包み、砕け散った結晶が後ろへと流れていった。
※ ※
モーターディエスのコックピットに響く叫び声は、もはや意味をなしていない。パイロットはヘルメットに響く声を無視し、ビームカノンのトリガーを押し続けていた。
「いやぁあうあうああうああ!!」
『ユウ、いい加減にしろ。後退だ』
その声が終わらないうちに、コックピット内にさっきとは違うけたたましいほどの警告音が鳴り響く。
『高エネルギー反応』
バスターカノンが来る。それが分かっていてなお、ユウは意味不明な叫び声を上げながら、リロード時間も無視してトリガーを引き続けていた。
パシュッ
その音とともに、ヘルメットの中に気体が吹き出す。次の瞬間、ユウは気を失ってしまった。
『パイロットの意識レベルゼロ。緊急退避モードに移行』
※ ※
アンノウンからの攻撃が途絶える。ルースはその瞬間迷いなくバスターカノンのトリガーを引いた。
宇宙空間にもかかわらず……眩いばかりのオレンジ色の光の帯が、ティシュトリアの『角』から真っすぐに伸びる。思わず目をつむったツバキは、数秒後、恐る恐る目を開いた。
ルースはモニターを見つめたまま、何も言葉を発しない。
「やった……のか?」
そのツバキの問いかけに、ルースは直ぐには答えず、一拍置いた後、吐き出すようにつぶやいた。
「いや、外れた」
「外れた? 敵はどこだよ」
ツバキは慌てて全天モニターを見回す。
「消えたよ」
「……は?」
「消えた。『次元ドライブ』だ」
その言葉が意味するところ……それは。
「モーターカヴァリエじゃ、ないのか?」
「……
ルースはそう言うと、ツバキに向けて首をすくめた。
※ ※
大破した『クリーガ』を誘導索で捕捉すると、
『礼は後程、言わせてもらう。帰投するまで、私が生きていたら、だが』
という、クリーガのパイロット、シュドラス大尉の苦しそうな声が通信回線から聞こえてきた。
その後すぐに、モーターカヴァリエ『エーリュシオン』が現れ、クリーガを要塞まで曳航していったのだが、エーリュシオンの奇妙な後ろ姿をツバキはモニターに見ながら見送った。
「なんだか、クラゲみたいだな」
傘のようなドームを前方に持ち、様々な構造物が後方へと伸びるようなシルエット。
「硬いよ、『エーリュシオン』は。モーターカヴァリエの中でも一、二を争う防御力を持ってる。バスターカノンの数撃も平気で耐えてしまうね」
「へえ……」
モニターで見たナイトランダーの姿を思い浮かべる。髪も肌もダークグレーという、少し変わった女性だった。
「あのナイトランダーと、仲、いいのか?」
ツバキにしてみれば何気なく聞いただけだったのだが、ルースは少し驚いたあと、何だか嬉しそうな表情へと変わる。
「そういうのじゃ無いから、安心して」
「なんでオレが安心しなきゃいけないんだよ」
すぐさま突っ込みを入れたツバキは、ルースがなぜ嬉しそうにしたのかに気が付いた。
「べ、別に嫉妬してるわけじゃないぞ」
「そ、そう?」
「そうだよ!」
そう言ってツバキは、そっぽを向く。しばらくの間、ルースはツバキの扱いに困ってしまったようだ。
「結局、あの『敵』はアンノウンのままってことか?」
ほとぼりが冷めた頃に、ツバキはルースに尋ねてみる。
「そうだね。ある程度のデータはとれていると思うから、後は分析次第かな」
「というか、ルースさ。オレ、ネグリジェのままなんだけど」
「やっぱり、ネグリジェよりドレスの方がよかった?」
「いや、どっちもダメだろ」
ツバキにはルースが本気なのか冗談なのか、いまいちよく分からなかった。どうにもルースには『抜けた』ところがあるように思えて仕方がない。
「このコックピットが生命維持装置にもなってるから、大丈夫だよ」
「破壊されたらどうすんだよ。宇宙服とかないのか?」
「ここが破壊されるくらいなら、何を着ていても、無駄だね」
「怖いこと言うなよ」
ふふふと笑ったルースの表情は、どこか『笑いきれない』感情を含んでいるように見えた。
「ねえ、ツバキ」
「な、なんだよ」
「寝直そうか」
「寝るのかよ……ね、眠れるかな」
「ボクと一緒じゃ、眠れない?」
「いや、そうじゃなくてだな……いや、そうともいう」
「明日からまた、忙しくなるかもしれない。休んでおかないと、ね」
微笑むルースに、ツバキはすっかり毒を抜かれてしまう。
「……お、おう」
そう返事をすると、ツバキはルースに連れられるまま、大人しく寝室へと向かった。
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