第33話 デザートはその後で

「ルース、何しにいったんだ?」


 再び紅茶に口をつけだしたフィスに向かい、ツバキが恐る恐る尋ねる。


「さあ? ルースのお守りをしてるわけじゃないから、そんなこと知らないわ。ニュースを見て動き出したってことは、それに関係することじゃない?」


 フィスの口ぶりは、何かを隠してというものではない。本当に知らないようだ。


 ミドルスフィアでの武装蜂起。ツバキは、きっとキャプテンたちが絡んでいるに違いないと確信している。そしてルースもその輪の中にいる。

 キャプテンたちと行動していた少女、キャプテンが『キリカ』と呼んでいたが、ルースやフィスと同じくナイトランダーにちがいない。だが、公表されているナイトランダーのメンバーにその名前はなかった――


「フィスは、『キリカ』っていうナイトランダーを知ってる?」

「もちろんよ。でも、正確に言うとナイトランダーじゃないわ。アレは、カヴァリエには乗ってないから」


 フィス曰く、『ナイト』の称号はモーターカヴァリエに乗る者のみに与えられる称号らしい。


「じゃあ、ナイトのつかない単なる『ランダー』ってことか。そういう人もいるんだな……じゃあ『ランダー』って結局何人いるんだ?」

「十三人よ。ナイトじゃないランダーがもう一人いるわ。キリカの妹、フジカ」

「へえ」


 そういえば、以前、ルースがそんなことを言っていたような――


 ツバキの、他人事のような生返事を聴いてフィスが一つため息をついた。


「アナタ、本当に何も覚えてないのね」


 そう言われ、ツバキは不機嫌な顔を見せる。


「なんかさ、皆オレのこと知ってるのに、知らないのはオレだけ、みたいな。そういうの、気持ち悪い」

「ふむ……確かにそうね」


 フィスが同情の顔を返した。


「ルースは、オレに何か言わなければならないことがあると、すぐに逃げるんだ」


 そして他の者に言わせようとする。責任を押し付けるように。


 ツバキの言葉に、フィスが小さく喉を鳴らして笑った。


「ルシニアらしいわ。じゃあ、アタシが教えてあげる。アタシたちのこと、そしてアナタのことをね、


 そういうとフィスはすっと立ち上がり、椅子に座っていたツバキの体を後ろからひょいと持ち上げる。


「お、おい」


 フィスは戸惑うツバキを無視し、ツバキを抱き上げたままティールームを出ると、ツバキを別の部屋へと連れていった。


「この宇宙で、アタシの寝室に入れるニンゲンはアナタだけよ。光栄でしょ?」


 そしてポイとツバキをベッドに放り投げる。弾力のあるマットレスがツバキの体を受け止めた。

 フィスのイメージからはおよそかけ離れた――部屋中がピンク色にあふれている寝室だ。


「な、なにすんだよ!」

「なにって、そりゃ『イイコト』に決まってるでしょ。久しぶりね」


 鼻歌交じりに、フィスがツバキの服を脱がせ始める。


「待て待て待て待て」

「なに」

「なにもなにも、『女』同士でなにやってるの」

「別にいいじゃない。それにアナタ、『男』でしょ、

「だったとして! なんでオレとフィスがそういうことするんだよ」

「だって、アナタとアタシ、『そういう』関係だし」

「そういうって……そんな覚えないぞ。いつからだよ」

「いつから? そうね、三百年くらい前から、かしら……いや四百年、だったかしら、忘れたわ」


 そう言うとフィスは、強引にツバキの唇を奪った。


 フィスも『コノエ』という人物を知っている。そして、ツバキをその『コノエ』という人物だと認識している。その体が見ず知らずの女性の形をしているにも関わらず。

 そして、『体を合わせるような関係』だとも認識している。ツバキにはそんな記憶はないというのに。


 二人の舌が絡み合う間、ツバキは『ツバキ・キサラギ』のことを考えた。


 ツバキは自分自身を『ツバキ・キサラギ』だと認識しているにもかかわらず、多くの者がツバキを『コノエ』だと言う。

 もうツバキを『キサラギ』と呼ぶのは、きっとサガンくらいだろう。もし、サガンすら自分を『キサラギ』と呼ばなくなったら、それは『ツバキ・キサラギ』の本当の『死』ではないだろうか。

 いや、やはり『ツバキ・キサラギ』はあのブコ河の戦いで死んでしまったのかもしれない――


 ツバキが手でフィスを引き離す。


「おい、オレのこと、教えてくれるって言ったよな」

「ええ」

「じゃあ、教えてくれ」

「いいわよ。ただし、『睦み言』としてね」


 そう言うとフィスは、ゆっくりと服を脱ぎ、そのダークグレーの裸体をツバキの眼前に曝した。

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