第32話 ティータイム、再び
宇宙に漂う巨大なクラゲのような――その全容を見れば、誰もがそう思うだろう。
それはマルスのナイトランダーであるフィス・ディ・ランのモーターカヴァリエ『エーリュシオン』である。十一機存在するモーターカヴァリエの中でも、最大の防御力を誇る。
その中に設置された『ティールーム』では、ダークグレーの髪と肌をした異形の美貌を持つ女性と、それとは対照的に真っ白なボブヘアを揺らす真っ白な肌の青年が、向かい合ってミドルスフィア産の紅茶を飲んでいた。
「やっぱり紅茶はダージリンに限るわね」
ダークグレーの女性、フィスがそう言いながら目を細めて紅茶の香りをかぐ。
「ボクはアールグレイの方が好きだな」
フィスの言葉を、真っ白な青年、ルースが真っ向から否定した。
「香りをつけるなんて、あんなの邪道よ。そう思うでしょ、ツバキ」
「紅茶はもっと自由に、フレーバーとテイストのマリアージュを楽しむべきだよね、ツバキ」
ルースの右、フィスの左に座っていたツバキは、双方から声を掛けられ方をすくめる。
「オレは緑茶の方が好きだ」
ツバキの左右でカシャっという音を立て、二人のナイトランダーがほぼ同時にカップをソーサーに置いた。
何かアヤシイ雰囲気だ。
「な、なに?」
ツバキの問いかけに、二人が同時に「どっち?」と聞き返した。
「いや、どっちって聞かれても」
「アナタの意見なんか聞いてないわ。アタシかルシニアか、どっちの意見に賛成なの?」
と、ツバキを睨むフィス。
「もちろんボクだよね、ツバキ」
と、ツバキに微笑むルース。
ナイトランダーはある種「自由騎士」のようなもので、惑星の防衛をその任としているが、その政府とはあくまで「協力関係」を結んでいるにすぎない。その「自由さ」はナイトランダー同士の付き合い方にも表れるようで、仲の良い間柄もあれば、不仲の間柄もある。
その点、ルースとフィスの関係は、ツバキには少し不思議なものだった。二人は、かなりの時間、行動を共にしている。かといって仲がいいかというとそうではなく、何かにつけて張り合っていて、時には実力行使――素手での直接戦闘が発生することもしばしばなのだ。
もちろん、本気で戦っているわけではないだろうが……
戦闘が始まると、ツバキを放ったらかしに二人でどこかに消えてしまう。そしてしばらくすると二人で戻ってくるのだが、別にどちらかが負傷しているわけではない。
勝敗の結果は、二人の表情でのみ分かるものだった。勝者は勝ち誇った笑みを、敗者は苦虫をかみつぶした表情を浮かべて、何事もなかったようにまた日常へと戻る。
当初はあっけにとられていたツバキだったが、回数を重ねるうちにそれにも慣れてきていた。
「別に人それぞれ好みがあるから、どっちでもいいんじゃないか?」
ツバキのその言葉が『ゴング』になったようだ。フィスとルース、二人が音もたてずに同時に立ち上がった。
「一分。それで終わらせてあげる」
フィスがその長い髪をかき上げる。
「三十秒も要らない、かな」
ルースは、短くそろえた白いボブカットの毛先を指でくるっと回した。
次の瞬間、二人が宙へと消える。
――まーた、始まった。
人間であるツバキにはどうしようもない。それに、このような『バトル』も二人にとってみれば『戦闘訓練』なのだろう。ナイトランダーは生身でも、通常軍隊の一個中隊を簡単に全滅させることができるのだ。
かつて、ツバキが所属していた部隊がそうされたように。
ふと、胸の中のどこかにえぐられるような痛みを感じ、ツバキは胸を押さえた。その痛みを誤魔化そうと、壁に設置されたモニターをオンにする。いつのまにかこのティールームは、ツバキにとって勝手知ったる場所になっていた。
フィスは随分とツバキに親しく接している。まるで旧知の間柄であるように――いや、実際フィスにとってはそうなのかもしれない。まるでツバキをルースから奪い取ろうというようにルースと張り合うこともしばしばなのだ。
「知らないというのは、本当に気持ち悪いな」
そう独り言ちながら、モニターを見る。
見て――何事かと思った。
モニターには、各所で煙を上げている宇宙港の衛星画像が映し出されている。その風景は、かつて衛星軌道上で勤務していたツバキにとっては、馴染みの深いものだ。
「ユーメダ基地……なんで」
緊急速報のようだ。それは、アイランズ自治区の各所で武装蜂起が起こっていることを伝えていた。
「キャプテンたちか」
「そのようだね」
ツバキの独り言に、ルースが答える。
「うわっ。なに、決着着いたの?」
「それどころじゃなくなったのよ」
今度は、いつのまにか椅子に座っていたフィスが肩をすくめながら答えた。しかしルースは椅子には座らず立ったままである。
「フィス、すこしばかしツバキを預かってくれない、かな」
モニターを見ながらそう言うルース。
「いいの? 食べちゃうわよ」
フィスがツバキを見ながらニヤリと笑った。ツバキは一つ身震いをし、哀れな眼差しをルースに向ける。
「お、おい、どこいくんだよ」
「セレスだよ。すぐに戻ってくる」
「じゃあ、オレも一緒に」
そう言って立ち上がろうとするツバキに、ルースは軽く首を振った。
「次元ドライブでセレスまで一気に『跳んで』、そしてすぐに戻ってくる。今のキミの体にはかなりの負担になるだろう。だから、留守番をしていて」
「そんなに急ぐのか?」
「うん。戻ってきたらすぐにミドルスフィアに出発するから、そのつもりでいてね、ツバキ」
そう言うとルースは、ツバキの返事も待たないままに、宙へと消えた。
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