第31話 武装蜂起


 視界の中にはドーム型の構造物を頭に乗せた管制塔と、まっすぐに伸びる何本かの滑走路が広がっている。しかしその上を離陸するものは、航空機にしろ航宙機にしろ、何一つない。まさにもぬけの殻となってしまったユーメダ基地の芝生の上、作業着のような服を着た恰幅のいい大男が苦虫を噛み潰したような顔で、白々と明けていく空を見上げていた。


「キャプテン、管制塔内には爆発物はないみたいっすよ」


 大男の傍に、茶髪の若い男が駆け寄ってきて、そう報告する。随分と気の抜けた声である。


「『みたい』ってな、どういうことだ。基地を二つも空けてくれたんだ、何かあるに決まってんだろうがよ。後になって『やっぱりありました』じゃ、てめぇが死ぬんだ。もっとしっかり探せ」


 どすの効いた野太い声が、若い男を怒鳴り散らす。若い男は「一応、まださがしてるんすけどねぇ」と呟きながら肩をすくめてみせた。


「行政府と通信センターはどうなった」

「憲兵隊と戦闘になってるらしいっす。意外に抵抗が激しいみたいで」

「第三師団が加勢してくれてんだろ。なんでてこずってんだよ」

「武器が足りないみたいなんすよ。第三師団は、武装解除状態でしたから」


 若い男からの報告に、大男――キャプテンは低いうなり声を出して腕組みをした。


「軍が出てくる前に通信センターを確保しねえと、全てがおじゃんだ」

「キリカさんに行ってもらえばいいんじゃないっすか」


 若い男が、不思議そうにキャプテンに尋ねる。それを聴いたキャプテンは、馬鹿野郎と一喝した。


「それができりゃ苦労なんかしてねぇ。ランダーにはランダーの『掟』ってもんがあんだよ。独立宣言前にランダーが表に出ちまったら、制裁を食らうのはキリカのほうになっちまう。それに、こっちがランダーを出せば、向こうもナイトランダーが出てくる。そうなったら、さらにややこしくなるだろう。キリカには、エイジアが変なもん打ち込んでこないか見張っててもらわにゃいかん。通信センターの占拠くらい、人間様でやらねぇとな」


 そう一気にまくし立てた後、キャプテンは管制塔の方へと歩き出した。若い男がそれについていく。


「爆発物の捜索は続けろ。ただそれが終わるのは待てねぇ。あと、そろそろ襲撃に気をつけろ。第一種警戒態勢だ。レーダーを動かすぞ。キリカを呼んで来い」


 管制塔のてっぺんにあるレーダードームを見上げながら、キャプテンが若い男に指示を出す。


「りょーかいっす」


 相変わらず間の抜けた声で、若い男が返事をした。


※ 


 ディアナ市に隣接するマグダル特区は、ルナーの行政の中心である。人工知能が政策を提言し、それを評議会で了承する。そうやってルナーの全てが動かされている。


 ナイトランダーにして、その評議会の議長でもあるのが、カグヤ・コートライトである。

 評議会が開催される時以外のほとんどの時間、彼女が一体どこで過ごしているのか、ほとんどの者が知らない。時折、ナイトランダーが集う『本部』の円卓の間でじっとしていることもあるが、それがほぼ唯一の、ナイトランダーたちが知るカグヤのプライベートであった。


「ここにいたのですか」


 円卓の間の扉が開き、ムーンストーン色の大きなマントに身を包んだ長身の男が入ってきた。木星ユピテルの守護者、クラッシナ・ファン・ダールである。

 銀色の長い髪と白い肌は、カグヤと並ぶとまるで兄弟姉妹のように思えるが、口元に絶えず微笑みを浮かべているカグヤとは違い、クラッシナの眼差しは冷たい程に鋭く、めったに表情を変えないことで知られている。

 一度、フィスとグンターがクラッシナの表情を変えた方が勝ちというくだらない勝負をしたことがあったが、勝ち負けはつかなかったそうだ。


 円卓の間には、入り口のあるところ以外の三方の壁にそれぞれ一枚ずつ巨大な鏡が設置されている。カグヤは入り口と反対の壁の鏡の前に立っていたが、声を掛けられ、ゆっくりと振り向いた。


「どうされましたか、クラッシナ」


 見えているのか見えていないのか、カグヤが銀色のアイマスクを巻いたままの顔を正確にクラッシナの方へと向ける。


「エイジア内のアイランズ自治区で発生した武装蜂起、ご存じでしょう。ナイトランダーを招集しますか」


 クラッシナが円卓を回りながら、カグヤの方へと近づいていく。その足音はほとんどが床に敷かれた赤いじゅうたんに吸収されている。にもかかわらず、カグヤの顔は正確にクラッシナを追っていた。


「その必要はありませんわ、エイジアの域内のことですから。内政には不干渉、それが『掟』です」

「しかしその蜂起、ランダーが噛んでいるという噂が」


 カグヤがそう答えるのを待ち構えていたように、クラッシナが言葉をかぶせる。


「噂はあくまで噂。それをもってナイトランダーたちに招集をかけるのは、少し権限の濫用のようにも思えますわね」

「かの者たちは『歴史の傍観者』でいるという約束をもって、『ナイト』になることを免ぜられているはずです。噂が本当ならば、重大な『掟破り』でしょう。これまで築き上げてきた、ランダーと人間との信頼関係が壊れてしまう。貴女はそれを放っておけというのですか」


 そこで数秒間、円卓の間に沈黙が流れた。ふいに、カグヤが笑いだす。


「何がおかしいのです」

「それを言うなら、私たちと人間との信頼関係、壊したのはエイジアの方が先ですわ」

「まだそうと決まったわけでは」


 クラッシナが少し言いよどむ。

 ルース・メガラインからのいくつかの報告により、エイジアが独自に機動兵器を開発しているらしいということが分かってきた。しかしそれらはあくまで『状況証拠的』でしかない。


「まあ、もう少し見守っていましょう。事の推移を。ナイトランダーたちはどう動くのでしょうね」


 カグヤの口元が妖しくゆがむ。それを見たクラッシナが、わずかに眉をひそめた。


「人間がまた、大勢死にますよ」

「昔、ある者が私にこう言ったのです。戦争も人間が行う自己調整にすぎない、と。だから人間を管理する必要はない、と。見えざる神の導きにより、宇宙には調和が保たれる。私たちはただ、それを見守るだけです」


 カグヤの言葉に、クラッシナは顔から表情を消した。


「そのアイマスクの下に何があるのか、見てみたいものですね」


 クラッシナのその言葉に、カグヤはただ口元に笑みを浮かべるだけで応えた。

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