第2話 ガーディアンの帰還

<ルナー某所、円卓の間にて>


「どういうことか説明してもらおうか、ヤナ・ガルトマーン!」


 円卓を叩く音と同時に、決して狭くはない部屋の中に若い男の怒声が響き渡った。


 声の主は、円卓に両手をつき、立ち上がっている。ナイトランダーの証であるムーンストーン色のマントが、怒りのあまり震えていた。

 歳は三十前後といったところだろうか、身長は一七五センチほどだがその体つきは筋肉質で、日々肉体を鍛えている精悍な若者といった印象を受ける。

 その彼が、短めに切った赤い髪の毛を振り乱し、太い眉の下にあるライオンのような眼で、向かいに座る初老の男を睨みつけていた。


「どうもこうも、シルチスの航宙艦がエイジアの輸送船を撃沈した。そう聞いている」


 そう応じた初老の男は、がっしりした体の背筋を真っ直ぐに伸ばし、軽く目を閉じた状態で椅子に座っていた。


「そんなはずはない! あの宙域にシルチス宇宙軍は展開などしていないし、哨戒艦も派遣してはいなかった。そもそも、大した確認もせずにシルチスの仕業だと断言する根拠はどこにあるというのだ。これは、エイジアが仕組んだことであろう!」


 男は右腕を突き出し、視線の先にいる男、ヤナ・ガルトマーンを射貫かんばかりに指差しながら、さらに語気を強める。


「では、エイジアが仕組んだことだという根拠があるのだな? ピアース・グンター」


 分厚い瞼に隠れるような眼をうっすらと開き、ガルトマーンはグンターにそう言い返した。静かではあるが、強い威圧感を含んだ重厚な声だ。


「やめなさい、グンター」


 二人の視線がぶつかったところで、脇から制止の声が入った。


「証拠がないのなら、やったやらないの議論は不毛だわ」


 話に割り込んだ女性は、腕を組み、背もたれに体を預けた状態でガルトマーンを見つめていた。マントの色よりも濃いダークグレーの肌は、まだ二十代であろう瑞々しさと弾力にあふれている。しかし、肌とほぼ同じ色の長い髪の毛の隙間から覗く、その切れ長の眼から放たれる眼光は、見るものを委縮させるのに十分な鋭さを持っていた。


「しかしだな、フィス」


 グンターは、彼に声をかけた女性に言い返そうとしたが、今度は部屋の入り口から見て一番奥の席に座っていた女性がさらにグンターを制止するように声を発した。


「もうそれくらいでよろしいですか?」


 言葉や口調こそ丁寧であったが、だからこその威厳を含んでいた。

 銀色のロングヘアと透き通るような白い肌は見るものの視線を引き付けずにはいられなかったが、それ以上に目を引くのが彼女がつけている銀色のアイマスクだった。そこに視線を通す穴は無く、まさに彼女は『目隠し』をしている。

 

「今は弾劾の場でも詰問の場でもなく、かつての同志を再び我らの仲間に迎え入れ、新たなる出発を祝福する場。思うところがあるのであれば、他の場所でおやりください、ピアース・グンター」


 そう言われては、グンターは振り上げたこぶしを下ろすしかなかった。


「申し訳ない。見苦しいところをお見せした。お詫びを申し上げる、カグヤ・コートライト」

「詫びは、皆にお願いします」

「申し訳ない」


 そう言うと、グンターは軽く頭を下げ、席についた。


 円卓を囲むように席についている人物は十人。カグヤ・コートライトと呼ばれた女性が一番奥に座り、そこから円卓を囲むように左に五人、右に四人が座っている。ガルトマーンは左側の中央に、グンターともう一人フィスと呼ばれた女性は右側に座っていた。

 円卓には後三つ、入り口に近いところに空席がある。全部で十三の席があった。


 部屋の入り口には、先ほどから一人の青年が立っている。ゆったりとしたシルクの白い上下姿で、マントを左手に持ったルースだった。


「予定が早くなってしまいましたが、これより、彼の者を我らが同志に迎え入れましょう」


 まるで開会の宣言のように、カグヤ・コートライトの澄んだ声が部屋に響き渡った。


「ルース・メガライン。貴方はどの星の守護を望みますか?」


 その問いかけに、この場にいる者の視線がルースに注がれる。皆、少し緊張した面持ちになった。目を閉じたまま、依然として前を向いているヤナ・ガルトマーンを除いてではあったが。


「ボクの望む星は」


 一切の物音がしなくなった部屋に、ルースの優しげな声が響く。


「セレス」


 その言葉を聞いて、場にいたほとんどの者は驚くように息を飲んだが、ガルトマーンの隣に座っていた男だけは、忌々しさを吐き出すように鼻を鳴らした。


「異議のある方はおりますか」


 再びカグヤ・コートライトの声が響く。その声に反応する者はいなかった。それを確認したうえで、カグヤ・コートライトは席からゆっくりと立ち上がると、両手を広げて穏やかな口調で言葉を発した。


「ではルース・メガライン。誓いの言葉を」


 ルースはその言葉を受けて、誓いの言葉を口にする。


「人間との契約に基づき、宇宙に調和をもたらすため、我らが掟に従い、自らの意思で行動することを誓います」


 そしてルースは、手に持っていたマントを羽織り、胸のところで留め金を止めた。


「貴方を我らが同志に迎え入れます。お帰りなさい、ルース」


※ ※ ※


『円卓会議』は、ルースによる誓いの言葉とナイトランダーたちの承認だけが行われ、それ以上他のことが話されることは無かった。結果、会議は程なく終わる。ルースは、カグヤ・コートライトが閉会を宣言するやいなや円卓の間を出た。


「ルース!」


 たくましい男の声が、ルースを後ろから呼び止める。振り返ると、がっしりとした体つきの男と、その男より少し背の高い、ダークグレーの肌の女性がルースの方へと近寄ってきた。

 男は、ナイトランダーの証であるムーンストーン色のマントの下に、黒っぽい軍服を着ている。一方、女性の方は、マントの下にアオザイと呼ばれるミドルスフィアの一地方の民族衣装を着ていた。

 自主自律を重んじるナイトランダーは、その証たるマント以外、全てを自らの意志で決めているのだ。所属も、服装も。


「やあ、グンター、フィス」

「久しぶりに会ったっていうのに、挨拶も無し?」


 ルースにそう声を掛けた女性、フィス・ディ・ランは、少し顔を上に向けながら見下ろすような視線でルースを見ている。尊大に見える彼女の仕草は、単に彼女の癖なのだが、それゆえあまり他人には好かれていなかった。


「そういうわけじゃないよ。ちょっとガルトマーンと話がしたくてね」

「む? あの爺さんに何か用なのか? 俺も加勢するぞ」


 円卓の間でガルトマーンを問い詰めようとしたグンターは、場外戦を始める気満々のようだ。


「グンター、キミが加わるとできる話もできなくなってしまう。それに早くマルスに戻らないといけないんじゃないのか?」


 そうグンターを止めたルースに、今度はフィスが突っかかる。


「って、アナタ、どういうつもり? なんでマルスじゃなくて、セレスなのよ。それじゃ他の惑星とのバランスが崩れたままだわ。それにセレスなんてもう打ち捨てられている準惑星じゃないの。人間なんてほとんど住んでないわよ」


 ルースの目の前にいる二人は、共にマルスのナイトランダーだ。グンターはシルチス行政府、フィスはアスクリス行政府の所属である。そしてマルスを守護するナイトランダーはこの二人しかいない。

 いや、かつては三人いたのだ。ルースがナイトランダーの資格を失うまでは。


「ボクにも思うところがあってね。二人がいれば、少なくともマルスを守ることはできるよね」

「守るばかりでは、ミドルスフィアの連中が好き勝手をしても、牽制の一つもできないではないか。連中、とうとう動き始めたぞ」

「それなんだけどね」


 そうルースが言いかけたところに、円卓の間からガルトマーンが出てきた。


「ヤナ・ガルトマーン!」


 ルースはそう呼びかけると、二人を一旦その場に置いておき、ガルトマーンのもとへと駆け寄った。


「何かな」


 髪にも眉毛にも、そして口ひげにも白髪が随分と多く交じってはいるが、そのがっしりとした肉体が姿勢正しく構える様は、歴戦の武人の風格を漂わせている。


「聞きたいことが、あるんだ」


 ルースのその言葉に、ガルトマーンは沈黙で応じる。


「なぜあの時、ボクを助けてくれたのかな」


 ガルトマーンは分厚い瞼の下から鋭い眼光をルースに向けながら、ゆっくりと口を開いた。


「貴方を助けた覚えは無い。私は、ミドルスフィアとエイジアを守るという自らの役目を果たしたまで。それでよろしいかな?」

「そう、分かった。ありがとう」


 ルースはそれ以上食い下がることはせず、話を終わらせる。そのまま踵を返して、フィスたちのところへと戻ろうとしたが、そこに別の方向から濁声がルースを呼び止めた。


「よぉ、ルース。ナイトランダーへの復帰、おめでとう。随分時間がかかったじゃねぇか」


 ルースは声の主へと振り返る。その野心を隠すこともなくぎらぎらと見開かれた目が、ルースの視界に入った。ルースは、嫌悪感を隠そうともせずに、眉をひそめる。


「お陰さまでね。コルドラン・エルーリン」

「次はあんな、プラヴァシーを失うなんて『ヘマ』をするんじゃねぇぞ。お前はプラヴァシー無しではモーターカヴァリエを満足に動かせないような出来損ないなんだからなぁ! クックック」


 エルーリンと呼ばれた男は、ルースの表情を気にすることもなく、さも楽しそうに不気味な笑い声を出した。


「アナタね」


 ルースの後ろからフィスが口を挟もうとしたが、ルースがそれを制する。


「ご忠告ありがとう。気を付けることにするよ」


 エルーリンは、笑い声を出し続けながら通路を歩き、ルースの視界から消えていった。


「言われっぱなし? ルース」

「ここでやりあっても意味は無いよね。借りは戦場で返す」

「うむ、その意気だ。で、さっき言いかけたことは何だ?」


 言葉とは裏腹にルースは少し唇を噛んでいたのだが、ルースの様子に気が付かないままグンターは興味津々の表情で、さっきルースが言いかけたことについて尋ねた。

 ルースは何事もなかったように微笑むと、グンターとフィスの二人だけにしか聞こえないように、何事かをつぶやく。二人はルースの言葉に驚いて、言葉もなく顔を見合わせた。



<注釈>

『プラヴァシー』

 ナイトランダーのパートナー。特別な能力を持った人間であり、ナイトランダーはそれぞれ特定の人間をプラヴァシーにしている。

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